柳水庵から焼山寺

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9月26日
柳水庵の無人へんろ小屋に泊まった。三面ガラスが入っていて明るい。日当たりも良くて、水も旨い。

二日前、別格1番であった人と私と二人が泊まった。その人はすでに今年四回も廻っている人で、テント持っていないで野宿していて善根宿をよく知っている。良い善根宿を教えてもらった。大阪の家に帰りながら遍路をしているそうです。

泊まった小屋を掃除して、座布団や布団を陽に当てていると、宿を管理している人がやって来た。
今日は柳水庵に風を通すために来たと言って、湧水の手入れもしたので小屋の目の前の湧水も急に流量が増えた。
その後その人は、山に入ってチェンソーを使っていた。
その人に聞いた話し、以前柳水庵にいたご夫婦は養老院でご健在とのこと。このへんろ小屋は神山町の人達のボランティアで作った。柳水庵も町の人が役割分担して維持している。一週間に一回女の人達が交代で便所掃除をしている。この辺の遍路道の草刈りもしている。

そうして小屋にいると何人もの遍路さんが通り過ぎて行った。遍路道を歩いているだけだと、他の遍路さんに会うことが少ない。

それからまた山道を歩き焼山寺に行き、鍋岩に下りた。



②托鉢をすることの
海岸沿いを歩き9月20日晩はトンネルが出来たため、使われなくなった海岸沿いの道を利用した彫刻公園にテントを張って泊まった。

21日、朝、湯を沸かし残っていたお茶漬けの素を入れて、ご飯なしのお茶漬けを飲んだ、三杯飲んだ。
家は幾らでもあって、何度も托鉢を試みるができず。
卯辰峠を越す。ここまでの道は、ずっと車道で海沿い風光明媚な道でした。そして1番霊山寺に着く。
既に家の玄関にで托鉢することはあきらめ、夕方からスーパーの前で托鉢することにした。しなければならない。
地図を見ると一番近いスーパーは遍路道とは反対方向の鳴門方面にあった。霊山寺から4キロ余り東にそのスーパーがあった。

峠から降りてきて、麓の大麻比古神社で横になり寝ていた。腹は水を飲んで誤魔化していた。
不安を抱え始めての道をトボトボ歩いた。

一度目的のスーパーに来たが、立つことが出来ず、引き返し神社の境内で一息入れた。
やはり、ここで托鉢しなければと意を決して再びスーパーに行く。

4時半から、鳴門市大谷のスーパー「キョーエイ」で托鉢しだした。
中規模のスーパーで交差点に面し、小さいスペースで駐車場があり、その奥が只一つのスーパーの入口であった。
私は歩道のスーパー側に立ち、車の出入口を見る姿勢になった。
白衣、菅笠、輪袈裟の遍路姿。足元に背負っていたザックを置き、その上に喜捨された物を入れてもらうコッヘル(登山用の小型鍋)をのせた。
左手は二重にした数珠をかけ、片手合掌。右手は持鈴を持ち左手に合わせて胸の高さにした。もちろん正面を見て、背筋を伸ばした、つもり。
そうして、高野山真言宗の勤行をあげた。

4時半から、そこにじっと立ち勤行を続けた。般若心経は時間的に短いので、同じことの繰り返しで、あきもきた。
時間のたつのが遅い何度も時計を見る。

5時頃だつただろうか、私の視線の端に警察官が自転車を停めた。
私は托鉢を止めろと言いに来たと思い、ビクビクしながら勤行を続けた。今までより声を張り上げた。
しかし警官は一更に声をかけてこない。これは勤行が終るのを待っているのだと思った。勤行が終わった。でも警官はいない。警官の自転車はある。

●写真は浄蓮庵の修行大師像
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by henroseikatu | 2010-09-27 08:24
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