三津托鉢 室戸岬 海の駅とろむ

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10月18日(月)
朝夜明け前に起き、テントの中に座り、ガスコンロをテントの外に出して調理し食事にした。それから片付けをしていた。
そこに犬を連れたご婦人がやってきた。私はすかさず、驚かしてすいません、昨日室戸岬まで行けなかったもので、と言った。ご婦人は「御飯どうされました、この辺は何もないから」と声をかけてくれた。
黙って私は、この駐車場兼材料置場の奥の草原にテントを張った。三津の町を托鉢したかったので、先に行きたくなかった。三津で夜を越したかったのだ。

今日は三津の町を歩きの遍路道に沿って托鉢するつもりだ。昨日の記録を破るつもりで挑戦する
目標3人、昨日2人から喜捨を受けた。
国道を戻り三津漁港あたりからの徒歩遍路道へ入る。
さっそく托鉢を始める。誰もいないからお経を上げやすい。次々と隣家の玄関に立ち読経する。
開経偈、般若心経、光明真言、御宝号、回向だけ唱えるのだが、反応がない家が続くと経の時間が長く感じられる。般若心経はある程度、早口でも格好はついていると思う。光明真言は御宝号と比べ長いので、超早口で言ってしまう、口も回っていなくて、ぞんざいになってしまう。
玄関に立つ、お勝手の扉が開いていて、中に婦人が見えた。りんを鳴らし経を唱え出した。婦人は奥に引っ込み、それ以来姿を見ない。

通りの中程なのか、人が集まっていた。工事関係の人達らしい、おはようございます、と声をかけて通りすぎた。(お経一ついかがですか、とは言えなかった)
その先では、幟をたてていた丸太を撤去したり、御幣つけた荒縄を外してていた。お祭り終わりですかと言うと。「昨日がお祭りでした」とのこと。
そう言えば、青い幟が並んでいた。立派な背の高い幟だ「三津松尾神社」と書いてある。
隣の公民館では女性逹が動き回っていた。
ここでも、私は、お経一ついかがですかとは言えず。そそくさと通りすぎたのでした。

また接近遭遇です。隣の家の人、家の前のガレージ開けています。お経終わった、いよいよ隣の家だ。なんだなんだなんだ、隣の人、家に引っ込んだ。……この人もまた帰らぬ人となったのでした。
通りすがり、すれ違う人には、おはようございます、と声をかけた。これもまた、お経一ついかがですか、今日まだ売れてないのでお安くしておきます、とは言えず終いだった。
向かいから来た人で、私の托鉢しているのを見てか、わざわざ顔をそむける人がいた。

そんなこんなで、何度か托鉢を止めようと思った。めげそうな気分をお茶のペットボトルに入れた水を飲んで、托鉢を続けた。
今日は今までに喜捨はなかった。やがて道は国道に合流し家並みは終わる。家はあと三軒ある。

般若心経の途中で家の中で人が動く気配がした。やがて女性が出てきて、五百円玉を手渡してくれた。私は、ありがとうございます、と言い頭を下げた。良かったらお札受けとって下さい、と言いお札を差し出した。
その後、合掌し頭を下げながら南無大師遍照金剛を三度唱えた。唱えているのを女性は聞いてくれた。

後の二軒、余裕を持って、ゆっくりと、いや普通にお経を唱えた。
本日の托鉢、7時30分から8時50分まで、一軒の家で喜捨を500円受けました。感謝 合掌

さて、いよいよ三津を出発。そして12時前に室戸岬に着く。閉館した「ホテルニューむろと」隣の公衆便所で昨日着替えた洗濯物を洗濯、ホテルに干した。
それから昼食にした。小麦粉を練り、熱湯で煮る。具のない水とんが出来て、カセットガスボンベ は終わった。
間の悪いもので、昨日、米は終わった。そして小麦粉も一食分しかない、味噌も、あとわずかだ。

洗濯物を干したまま、ザックをホテルに置き札所に行く。高知県最初のお寺、24番最御岬寺(ほつみさきじ)は台地の上だ、急な登り、階段の道が続く。
寺から下りて来て、今まで行っていなかった海岸沿いの遊歩道を歩いた。青い空、強い日射し、吹く風、打ち寄せる波、砕ける……
先を急ぎます。

その日、次の札所の手前、室戸岬町まで来て、 海の駅とろむ に泊まることにした。そこに魚をメインにした物産店はあった。もち米1.5kgは売っていたが、カセットガスは売っていない。
そこで地元の人にスーパーがあることを教えてもらった。期待しないで行ったら、そのとうりで棚は透け透けで、もちろんガスボンベは置いていない。
でも食パンが置いてあった、野宿遍路の常食、これを今晩と明朝の飯として食料問題、一件落着、めでたしめでたし、みんな真っ直ぐ家に帰って寝るんだよ。オヤスミ
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by henroseikatu | 2010-10-19 01:28
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