東北三十六不動尊霊場 宮城2

東北三十六不動尊霊場 宮城2
2014年9月15日~9月25日


9月14日(日)番外三龍山不動尊
仙台駅西口側のアーケード、クリスロード商店街を歩いていると後ろから声をかけられた。「この先に三龍山不動尊がありますよ、この先右側に、大きな垂れ幕のあるところです」私が振り向くと、声をかけてくれた人は、既に、去っていく後姿であった。
さっき商店街の入口で私が追い抜いた男の人である。私は白衣を着て、「東北36不動尊霊場まわっています」などとザックに書いてあり、それを見て声をかけてくれたのだ。
路地に入るのかと思っていたら、アーケードに面したビルの一階が、そのままお寺になっている。狭い通路の両脇が数珠やおみやげの店になっている。その突き当たりに礼拝所があり、その先一段と高い場所に内陣がある。
ここには、仙台の老舗で福の神と崇められている仙台四郎が祀られグッズも置いてある。
商店街のビルの中の不動尊、仙台駅に寄った不動尊霊場巡拝者は、ぜひ寄ってもらいたいお寺です。


9月15日(月)
仙台の市街の街頭で何度か托鉢した、しかし思ったような托鉢にはならなかった、応じてくれる人が少なく喜捨の金額が少なかった。
祝日の午前10時、角地にある小じんまりしたスーパー、その交差点の歩道に立ち店の入り口を向いている。敷地は歩道より背丈位高い、そこが駐車場になっている、そして私の背中、車道をへだてて立体駐車場っがある。
自転車に子供を乗せたお母さんが通る。交差点から離れて信号待ちする人。歩道から私の前を通らないように車道に出る人。当たり前だが無視される異物の私である。
スーパーの敷地から、小学校低学年の兄妹と思われる子供が私を見下ろしている。私はお経をあげているのだと説明し日本語で般若心経をとなえた、少し声量を上げて読経した。そのあと何か歌を歌おうと思ったが急な事で歌詞がでてこない。そのうち兄弟はお母さんが買い物がすんだので、その場を離れた。
その直後、さっきの子供より年長の男の子が来て、椀に喜捨してくれた、忘れてしまったが「ご苦労さん」だったか、大人びた言葉をかけてくれた。これが今日の始めての喜捨である。

最近は読経に集中しているので、子供との交流はあまりない、多くの大人は托鉢している私を無視している、見て見ない振りをしている。私は視線を下方に向けていて、親に連れられている子供と視線が合うことがある、子供たちは私を不思議そうに見上げるのだ、そんなとき私は微笑んだり、視線を返す。よく読経している私の前に子供たちが来て、読経しているのを見ていることがある。そこで私はお寺巡りしていることなどを話し、相手をする。子供たちに将来托鉢に好意を持ってもらいたいので、優しく接したいと思う。将来、托鉢を理解し托鉢者に喜捨して欲しいからだ。
「何でこんなところでしているんだ、駅前ですれば良いのに」と言って男性が千円の喜捨をしてくれる。私が手書きの名刺を渡すと、名刺を読んでそれを話題に話をした。名刺をその場で見てくれた人は始めてだ。
もうやめようと思っていたとき、寿司屋に来た家族連れが、それぞれに喜捨してくれる、両親と子供の四人の喜捨である。

9月17日(水) 番外秋保(あきう)神社 畑仕事している人と話したときに話しに出ていたので寄ることにした。

9月18日(木) 29番西光寺(秋保大滝不動尊)
鳥居をくぐり、靴を脱いで不動堂に入る。正面に丸るい鏡(何ていうのか神社の)、その後ろに仮本尊の不動尊(本尊修復中)、拝観する場所が狭くて室内が暗いので落ち着ける。
堂内で読経していると、賽銭を入れて手をたたく人がいる。境内入り口には鳥居があり堂前には狛犬があり、神社と間違えているのではないのか、本尊は不動明王である。
東北を廻ってきて、こんな神社の雰囲気を漂わすお寺を見てきた。ある寺で住職に聞いたら、神仏習合のな残りがあるから、と言われた。2番大日坊では寺院だが手を三回叩く独特な風習がある。しかし神か仏か自覚せぬままの拍手としか思えなく私には違和感がある。

9月23日(火祭)30番駒場瀧不動尊愛敬院、
閑散として人気がないので、このまま本堂前で読経しようと思っていた。ガラス戸を透かして御本尊を見ようとしたが見えない、鍵がかかっていると思いこんでいたが、戸が開いたので座敷に入った。
本尊の不動尊の他には小さな像が3体だけで簡素で好感が持てる、本尊には照明が当たっている。(大日堂も覗くと暗闇のなかに黄金の像が照明に照らされ、ありがたい)
勤行を終えて、本堂の外に出ると脇にある守札所にご婦人がいたので納経した。
清滝に行くことにした。不動尊公園のキャンプ場を通り、林道入り口には1キロメートルの表示、しばらく行くと「清滝入口 530メートル、25分」の道標で下りの山道になる。こじんまりした滝だが周囲を木々囲まれ、適当な滝壺があり滝に打たれるのは好い感じである。


9月25日(木)
午前中雨という予報で、今日は半日雨宿り、のつもりでいた。夜が明けてから一度雨が降ったが、その後は雨が降りそうもない空模様。ゆったり半日過ごすつもりだったが、通勤する人々も出てきて、しかたなく歩き出すことにした。

昨夕、スーパーで托鉢してその後、暗くなった道を寝場所を探して歩いた。天気予報で夜半から雨の予報であったから露宿、露天ではなく雨のしのげる軒下を探した。
駅の駐輪場の屋根がしっかりした造りで雨が駐輪場の路面を流れない構造だったので、そこにテントを張った。
雨宿りというと橋や高架の下を探す、四国では東屋やバス停などが期待できるがこの辺りにはない。住宅街で雨宿りできる場所を探すのは難しい、公園もテントの張れるような東屋など設置していない。
[PR]
by henroseikatu | 2014-09-29 09:27 | 東北36不動尊霊場 | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード
<< 2014年11月6日 東北36... 影は空だと思う追いかけても逃げていく >>