カテゴリ:歩いて四国へ10年( 23 )

高根島の自転車道について

高根島の自転車道について

メインの道路は島を一周している道だけである。家屋は生口島側で反対側はみかん畑が占め、そのための農道はある。しかし公道は防波堤にそった道だけである。標識のない道である。
生口島から渡り、時計回り回ると、余裕のある道が島の反対側まで続き、やがて島の高台に向けて上り坂になる。やがて左の海に面して造船所が見える。その後、最後のトンネルに向かう上り坂になる。
その坂の中途で灯台への道が分かれている。さっき見えた造船所と川を挟んだ向こう側に道がある。
その分かれ目は、右側に橙色のタンクがある場所の左側に手前に下る道がある。前だけ見ていると分からないが見返すと案内がかかれている。
その道は海岸沿いまで行きやがて山道になり灯台につく。最後は自転車を置いて古い灯台を見に行って下さい。
さっきの地点まで戻り、上ればやがてトンネルをぬける。


反時計回り走ると道が急に細くなる。ここで細い道に入ったら直ぐに左に曲がることになる。案内が道の分かれ目下側にかかれてある。道なりに進めばトンネルになる。
すこし坂を下り右側にそれる道が灯台への道だ、その地点にこちら向きに案内があり、左側にだいだい色のタンクがある。


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by henroseikatu | 2010-06-06 05:37 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

因島 島四国で山越えはしないように

因島島四国で山越えはしないように

(社)因島観光協会の「へんろ」と題する「因島八十八ヵ所霊場案内図」の徒歩へんろ道のうち、破断線で書かれている、山越えの道には入らないようにして下さい。その二カ所は最近通る人もなく、草が生え放題です。7番十楽寺から8番熊谷寺
24番最御崎寺から25番津照寺
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by henroseikatu | 2010-06-06 05:13 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

いよいよ四国に向けて橋をひょいと渡る

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4月28日に大阪を出て、今日6月5日に、いよいよ四国に渡ることになりました。
幸い私の四国入りを祝うかのような好天、暑くなるような予感もありますが、今はまだ清々しい快晴であります。

しまなみ海道、最後の橋は「来島海峡」と言う、三連の吊り橋です。長さ4105mで、歩けば一時間と言われています。

写真は昨晩寝た道の駅からの、これから歩く橋の姿です。

早々
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by henroseikatu | 2010-06-05 10:01 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

えひめ大島島四国の特長

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えひめ大島島四国

大島の島四国は1807(文化4年)今から203年前に造られた。島内の三人の識者が四国88ヶ所を模して設置した。だがこれに人びとが集まることから、藩が快く思わず、三人を流罪にした。
ところが巡拝者は絶えず、1810年、門跡寺院仁和寺から「准四国八十八ヶ所霊場」の称号を受け、それ以降、自由に参拝できる様になったそうです。

その参拝方法だけれど、一年に三日、旧暦の3月19 20 21日「へんろ市の」として接待が行われ、納経帳への朱印が、この間三日間だけ行われる。祭りとして行われる行事のようである。

最近始まったことだけど、学校でこの日に合わせ、郊外学習として札所を何ヵ所か回ったり、接待の手伝いをしたりしているそうです。

歩き遍路にとっては良いコースどりがなされている。無駄がないと言うか、うち戻りと言うのもあるけれど、民家の庭先を通って次の札所に行ったり、道標に従っていれば道なりに進むことで行けてしまう。

他の島四国では気づかなかったが、道がほとんど舗装されているのに驚いた、畑や急な山道の細い道でもコンクリートで固められ、急な登りでは助かった。

どの札所にも、せいぜい高さ40cm位の半鐘が置いてあり木槌で打つようにしてあった。江戸時代からのことなのだろう。(形は吊り鐘にそっくりだ)

また各札所に奉納されている板がある。札所が対応する本四国の名前、本尊名、本尊の真言が書かれたている板だ。高さ30cmほどの木片に書かれ外壁正面扉上に置かれている。古い物がそのままに何枚も掲げられている札所もあった。

向島と因島の島四国を見てきたが、それらは本四国と同じ札所名を名乗っていたが、大島では本四国での名称とは別に札所の名前がある。
庵と堂と付くのが大半だが寺や坊などと付くものもある。

へんろ市は三日間である。それで88ヶ所をまわるのだが、一日29ケ寺回る計算で12時間巡拝するとして一ヶ所25分の参拝時間となる。移動時間を入れての話だから、先を急がなければ、納経朱印をできないわけだ。
一応の勤行するだけで20分である。テープのはや回ししても、歩いて移動するだけでも時間が足りない。

大島ではトイレが完備していたり、水道がある札所がある。向島因島ではほとんど見られなかった。

「大島ガイドマップ・お大師さんのいる島えひめ大島島四国」と言う新聞紙の大きさの地図が配布されている。へんろ市の時期がずれると入収できずらいかもしれないが、この地図と現地の人に聞くことで回ることができる。
もっと詳しい地図は300円でお寺や、いきいき館やローズ館で買える。

まあ、時期はずれで鍵が閉められご本尊を見られない所もあるけれど、誰もいないし、のんびりできる。そんな時期外れの島四国も良いですよ。
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by henroseikatu | 2010-06-03 13:56 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

えひめ大島島四国4日目藋

6月3日
えひめ大島島四国4日目

一夜明けて、バラ公園を見て回った。丁度時期が良かったのか、咲き揃い華麗で素敵だった。それなのに無料なのだ。十分、有料の価値がある。最も、私は有料だったら入場しないけど。
大阪中之島公園のバラ園では感じることの無かった華麗さがある。
観光の一つの目玉らしいけど、無料を維持してほしい。


で昨日、暗くなるまで歩き回り71番まで参拝したことで、今日で札所全部回ろう、という気持ちになった。

ほんに良い天気で、真夏を思わす。

バラ公園に比較的ちかい仁江、福田で72番から82番まで参拝した。
それから海岸線沿いを北上する。各町で2、3ヵ所の札所がある。
もちろん海岸に近い場所にも札所はあるのだけど、多くが宅地が途切れた山腹の中だったりする。

思ったりより時間がかかり、最後の5番札所に着いたのは5時を過ぎていた。
これで四日間でえひめ大島島四国を回ったことになった。

そこから「カレイ山展望公園」に登る。この山の半分は石切場だ。

この展望公園にキャンプ場がある。水はあるし便所も綺麗な洋式の水洗である。
最もまだ無断で、勝手にテント張ってるだけだけど・・・
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by henroseikatu | 2010-06-03 06:54 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

えひめ大島島四国3日目

6月1日
えひめ大島島四国3日目

昨日来栖海峡なんて書いてしまったけど、本当は来島海峡でした。証拠隠滅、早いとこ書き直さなければ。

昨日は断崖中腹の38番仏浄庵に泊まった。
朝起きたら、ちょうど眼下に漁船が集まっていた。ずっと見ていたが釣り上げたところはいっこうに見なかった。
この大島自然研究路と、この庵が良い。

それから海岸沿いを北上し、吉海港から内陸へ南下する。
南下して山裾を上がり下がり、近くに札所が連なっている。
最後は明日からの区切りが良いように、早足になってしまった。
71番まで打って、近くのバラ公園に泊まることにした。
今日思ったのは、歩きの道順がうまく造られていることだ。道標に従い道なりに進めば次の札所につく。
特に山裾をめぐる道は一筆書きで合理的である。
また大島は山道は舗装されており、急な上り坂でも足元が不安になることはなかった。

そんなことより今日は90歳の女性と話した。元気なこと、歩行補助車を押しながら、股関節と胃が悪いけど、色々やることあって、などと言うのです。
今も畑仕事してきたところで、息子の言うことは聞かない。などと申した。百歳まで生きそうな女性てあった。
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by henroseikatu | 2010-06-02 00:24 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

えひめ大島島四国2日目

5月31
えひめ大島島四国2日目

今さっきから、来栖海峡の大橋の下から、大きな音が鳴ってきだした。暗闇の中だけど海面を覗くと、波立ち西から東に河のように流れている。
明るいうちは流れは分からなかったし、音など上げていなかった。

今、島四国38番にいる。来栖海峡に飛び出た地蔵鼻の絶壁の中腹にある堂にいる。

この岬、半分露出した岩を縫うように大島自然研究路がついている。眺めは四国の町並み見えるし、落石注意なんてそこらじゅうに書いてあるし、誰もいないし。
そんなところのお堂に今晩は寝ます。

今日は23番から38番まで勤行する。途中の寺で詳しい島四国の地図を買う、これがあれば怖いものなし。
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by henroseikatu | 2010-05-31 21:55 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

大三島の花と空

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橘安純
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by henroseikatu | 2010-05-29 16:12 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

高根島とみかん

高根島(こうねしま)は田圃のない、みかんだけの島で、今でこそ生口島に出荷しているけれど、橋が架かってない時は直接東京に出荷していて、ブランド品となっていた。いまでも農協でのあっかいが違う。
高根島では二男、三男は島を出ていって、長男が家を継ぐの。外から来て土地を持つなんて出来ないの。
(以上、生口島の非農家の女性)

昭和40晚年代は一年間の働きで家一軒建てられた。3000万円位かな、私の家は明治からの家だけど、この辺の家はその頃建てたの。

面白いことに、愛媛の家は松山に向けて建てているの、ここは広島だから本土に向けて家を建てているの、だから、高根島も生口島側にしか住居がないの。生口島との橋は、高根島と生口島に8つ晚の農協があったけど、それを一つにまとめるのを条件に農水省の金で造ったの。

高根島でも、かっては温州みかん作っていたけれど、今は作れない、温暖化で産地が北になっていている。ここでは地中海気候に合うものを作るようになっている。

一日一度違うと一年間では積算温度が360度違うの、植物はそれが大事なの、その一度のために○○肥料入れたりするの。

植物は手入れしただけ収穫が良くなる。これからは出費ばかりで、秋にならないと現金ははいらない。

この町も後継者がいなくて、斜面の作業はきつくなる。
(以上は高根島のみかん農家の人の話)

島四国の事
生口島では春の時期がくると、は各公民館がそれぞれの札所になりお参りする。
高根島にも形に残っていないけど、かっては88ヶ所があった役所に行けば記録が残っているはずだ。
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by henroseikatu | 2010-05-29 09:15 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)

やっぱり何にもなかった高根島(こうねしま)

やっぱり何にもなかった高根島(こうねしま)
観光協会の人のなんにもない島という言葉を振り払い、ある人の「今日は満月でみかんの花の香りが匂い・・・」に勇気づけられ、ロマン求めて、大きな荷物しょつて歩いたのでした。

生口島から黄色い橋を渡って高根島へ、右回り島の外周を防波堤沿いの道を行きます。
私は島の反対側へ行けば集落があるものとばかり想像していたのですが、全くみかん畑だけで集落などはありません。
集落は生口島に面した所にあります。

ずっと堤防沿いの平らな道、農家の軽トラックとは何回も合ったが、声を交わしたのは自動車で来ていた釣り人二人。
それから山越、いや峠越の登り坂になる。そのピーク手前から灯台への道があります。いずれも、道路標識はありません。ボランティアと表示した。目立たない看板があるだけです。

灯台は地上から三メートルないものですが、明治時代に設置したままの建物が残っている貴重な灯台で、日本の灯台50選に選ばれているそうです。

灯台から元の道を戻り、しばらく登るとすぐトンネルです。高さ制限2.2m軽しか通れないのでしょう。入口出口はコンクリートで固められていますが、中央はデコボコ、掘りっぱなしままです。

そのまま、下っていけば、直ぐに堤防沿いの幅の広い道になり、間もなく出発地点に戻ります。

ほんに何もなかった。
みかんだけを作っている町です。かっては儲かった時代もありましたが、競争相手が増え(手間がかからないからと参入する人もいる。)
みかん以外の果物や嗜好の多様化でみかんを食べる人が減った。と町の人は言っていました。
みかんを作ることだけが生活になっていて、それ以外のことを求めてはいなかったのてましょう。

花が咲く頃、高根島に行くと、その匂いが感動的らしい、どの産地より密度が濃いのですごいと言う人あり。
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by henroseikatu | 2010-05-28 20:33 | 歩いて四国へ10年 | Comments(0)