カテゴリ:遍路生活( 8 )

えひめ大島 島四国

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えひめ大島 島四国
2013年4月30日
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普段は扉が閉まり人がいない島四国の各札所が一年に一度三日間、納経を受け付ける。堂のご本尊を拝め、地元の人々の接待ある。その行事を「へんろ市」とか「縁日」と呼んでいる。
私は初日、来島海峡大橋の橋の袂の港、下田水(しただみ)の44番から順番に64番まで回った。決めていたので私は勤行を略さず通しで唱えていった。
初日の朝方、今治からのフエリーが着く、下田水の44番は次から次へ小さな札所の敷地に人がやってくる。先達のいるグループは般若心経を唱えていたが、ほとんどの人は手を合わせ頭を下げるだけでお参りをすませている。
白装束で納経する人。賽銭を投げ、手を合わせお参りしている人。地元の子供達は札所を廻り、お菓子や手作りの巾着袋などの接待を受けていた。

札所の世話役の人と一年一度の縁日だけで合う遍路の会話が弾む。また、例年へんろ市だけで合う遍路同士の話も聞いた。
一日目、勤行を時間をかけ省略しないで各札所で続けた、晴れ渡った暑さのせいもあり、夕方には疲れ切っていた。朝方、積極的に挨拶していたが、声が出なくなった、先方から先に挨拶をされるようになった。

徒歩の場合、三日間で満願することになっていた。そうするとどう考えても、時間的に勤行を通しですることは出来ない計算になる。私はそれは違うのではないかと考え、一日目、勤行を省略しないで唱え続けた。なかなかの御修行であった、世話役の話声や喧噪、狭い場所で私だけ長いこと唱え、他のお参りに迷惑になっていたかもしれない。
けれども、その晩「よしうみバラ公園」の東屋の野宿して、同じく野宿した人が「毎年、へんろ市で合う遍路の人がいる」と聞いて、そして昼間しばらく同行したおばあさんが「来年は来れないかもしれない」と各札所の世話役と話し込んでいるのを聞いて、札所でお経を上げることよりも、地元の人や同じ参詣者と話し交流することの方が要だと思った。

二日目は気負わないで、般若心経と真言などだけですませた。どの札所も初日の午前中の混雑に比べ来る人が少なくて、ゆったりとしている。
通常、下田水の44番から順番で回ると説明されているが、一筆書に捕らわれず近くの札所を全て回っている人もいた。
順番に構わず回れば、札所での接待を十分に受けられ世話役との交流ができる。

二日目、順番に74番まで回り納経料がなくなり、今年の島遍路を終えた。
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by henroseikatu | 2013-05-01 06:37 | 遍路生活

えひめ大島 島四国 4月28日から三日間あります。

えひめ大島 島四国 4月28日から三日間あります。


◎大島の島四国は1807(文化4年)今から203年前に造られた。島内の三人の識者が四国88ヶ所を模して設置した。だがこれに人びとが集まることから、藩が快く思わず、三人を流罪にした。
ところが巡拝者は絶えず、1810年、門跡寺院仁和寺から「准四国八十八ヶ所霊場」の称号を受け、それ以降、自由に参拝できる様になったそうです。

その参拝方法だけれど、一年に三日、旧暦の3月19 20 21日「へんろ市の」として接待が行われ、納経帳への朱印が、この間三日間だけ行われる。祭りとして行われる行事のようである。

最近始まったことだけど、学校でこの日に合わせ、郊外学習として札所を何ヵ所か回ったり、接待の手伝いをしたりしているそうです。

歩き遍路にとっては良いコースどりがなされている。無駄がないと言うか、うち戻りと言うのもあるけれど、民家の庭先を通って次の札所に行ったり、道標に従っていれば道なりに進むことで行けてしまう。

他の島四国では気づかなかったが、道がほとんど舗装されているのに驚いた、畑や急な山道の細い道でもコンクリートで固められ、急な登りでは助かった。

どの札所にも、せいぜい高さ40cm位の半鐘が置いてあり木槌で打つようにしてあった。江戸時代からのことなのだろう。(形は吊り鐘にそっくりだ)

また各札所に奉納されている板がある。札所が対応する本四国の名前、本尊名、本尊の真言が書かれたている板だ。高さ30cmほどの木片に書かれ外壁正面扉上に置かれている。古い物がそのままに何枚も掲げられている札所もあった。

向島と因島の島四国を見てきたが、それらは本四国と同じ札所名を名乗っていたが、大島では本四国での名称とは別に札所の名前がある。
庵と堂と付くのが大半だが寺や坊などと付くものもある。

へんろ市は三日間である。それで88ヶ所をまわるのだが、一日29ケ寺回る計算で12時間巡拝するとして一ヶ所25分の参拝時間となる。移動時間を入れての話だから、先を急がなければ、納経朱印をできないわけだ。
一応の勤行するだけで20分である。テープのはや回ししても、歩いて移動するだけでも時間が足りない。

大島ではトイレが完備していたり、水道がある札所がある。向島因島ではほとんど見られなかった。

「大島ガイドマップ・お大師さんのいる島えひめ大島島四国」と言う新聞紙の大きさの地図が配布されている。へんろ市の時期がずれると入収できずらいかもしれないが、この地図と現地の人に聞くことで回ることができる。
もっと詳しい地図は300円でお寺や、いきいき館やローズ館で買える。

まあ、時期はずれで鍵が閉められご本尊を見られない所もあるけれど、誰もいないし、のんびりできる。そんな時期外れの島四国も良いですよ。



●●伊予大島准四国霊場会のホームページから●●

平成25年へんろ市が近づいてまいりました

今年のへんろ市開催日は
   4月28日(日)・29日(月)・30日(火)
の三日間となっておりますので、みなさんお誘い合わせてお参りください。

尚、今治⇔大島航路はフェリーが廃止され、現在は高速船のみの運航となっております。車でお出かけの際はしまなみ海道をご利用下さい。
島内の札所は例年通りの対応で準備しており、初日の巡拝起点は、吉海町下田水港44番札所をお勧めしておりますのでよろしくお願いいたします。

大島の自然と人情の調和の中で、お大師さまの御勝縁にあずかりまして
素晴らしい三日間となりますようお祈り申し上げます。

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  へんろ市開催日に関する重要なお知らせ 

平成26年(来年)より、へんろ市開催日が
新暦4月第3土曜日を初日とする三日間となります。

少子高齢化・過疎化が進み、これまでのような護持運営が困難になりつつある中、200年以上続いてきた島四国の伝統文化を次世代に継承するため、来年度よりへんろ市開催日を変更することとなりました。どうかご理解をいただき、今後とも当霊場にご参拝くださいますようお願いいたします。

平成26年のへんろ市開催日は、
新暦4月19日(土)・20日(日)・21日(月)です。
お間違えのないようご注意ください。
 
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島四国へんろに関するお問い合わせは

伊予大島准四国霊場会事務局
8番札所・海南寺内
〒794-2203
愛媛県今治市宮窪町宮窪5279
TEL 0897-86-2109
FAX 0897-86-2182

 
ご意見ご感想もお待ちしています


◎このブログのカテゴリー「歩いて四国へ10年」に大島島四国の記事があります。
  
 
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by henroseikatu | 2013-04-25 23:10 | 遍路生活

新しい菅笠

新しい菅笠遍路の時にかぶっている笠を新調した。前の笠は自分で押している台車でひいたこともあり、ボロボロになっていた。
それまでかぶっていた笠は、松山の伊予鉄不動産巡拝用品課で買った。そこで菅製の笠を手に入れたかったが、菅製は径の小さなものしかなかった。そこで聞いたのは材料の菅が手に入りずらいので大きいのは手に入らないとのことであった。そこでで檜で編んだ直径47cmの笠を買った。

こんどこそ、菅製の笠を被りたいと思い、遍路先の郵便局止めで笠を送ってもらった。
以前からチェックしていた大阪阿倍野の下八重商店という舞台用品を扱う店で、菅を使った三度笠や虚無僧の被る笠なども置いていた。

◎菅笠は遍路用品として、ユの梵字、迷故三界城から始まる四句の偈が書かれている山型の笠である。
今、どこでも売っているのは竹を編んだ笠で、雨の時には防水のためにビニールのカバーをかけている。笠が白装束、金剛杖と供に遍路らしさを演出している。
私は菅笠と言うのだから、雨にもそのままに被れるし、昔からの菅製にこだわりたかった。
永井刀専の木版画に見る昭和初期の遍路姿は、白装束とは限られてはいなく、笠の形も山型とは限らず、三度笠など色々な形の笠があった。そして、日よけ雨よけのため、何れも大きな直径の笠だった。もちろん菅などの草であんだもので、笠は無印である。

ところで私は近ごろ、本堂大師堂のお参りでは菅笠を脱いで勤行を始めることにしている。やはり菅笠といえども神仏の前で被っているのは正式ではないと思い出したからだ。礼を糺すのにわざわざ菅笠を被るのはもってのほかだと思う。



●以下、注文する時の資料です●
在庫がない場合もあるので、まず問い合わせをして下さい。なお頭受けや顎紐は付いていません、通常、丸輪を別に購入して自分で付けます。また、遍路用ではないので梵字など書いてありません。

笠ー03  山高
①1尺1寸 径34cm 高さ7cm 1680円
②1尺2寸 径37cm 高さ8cm 2100円
③1尺3寸 径40cm 高さ9cm 2205円
④1尺4寸 径43cm 高さ10cm 2415円
⑤1尺5寸 径46cm 高さ10cm 2575円
⑥1尺6寸 径49cm 高さ11cm 2730円
⑦1尺7寸 径53cm 高さ12cm 3675円

下八重商店
〒545-0051
大阪市阿倍野区旭町 1-3-3 あべのリーザ 103
   TEL 06-6631-4573 FAL 06-6641-1354
   Mill odori@shimoyae.com
   http://www.shimoyae.com
営業時間 10時~19時
定休日 日曜日(祝日営業)


●以前の菅笠の記事(二代前の笠)
本当の菅笠をかぶりたい。
http://henroseika.exblog.jp/15808215

本当の菅笠を遍路用品にする
http://henroseika.exblog.jp/15809819/
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by henroseikatu | 2013-04-25 22:18 | 遍路生活

楽しみは夜の公園洗たくで朝までかわきそれを着た時

楽しみは
夜の公園 洗たくで
朝までかわき それを着た時



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by henroseikatu | 2013-04-21 02:38 | 遍路生活

遍路生活 修行より生活している気分

遍路生活野宿生活2013年4月20日

今、今治にいます。

●修行より生活している気分
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かっては、歩いて遍路することが何か立派なことをしているかの様に思っていた。歩くことが修行かのように思っていた。体が疲れることが修行のように思っていた。
最近はそんなこと思わないな、歩きながら瞑想したり、思索していたり、困っている人を助けるとか、そんなことをしていれば、少しは修行かもしれないけど、考えるのは食事の事とか、スーパーでの托鉢をどう上手くやるか考えるぐらいで悟りには遠い。
体を痛みつけるほどに、朝早く歩きだし、道沿いの地蔵菩薩などには般若心経を唱え、朝晩の勤行をかかさずに続けながら遍路をしているなら修行になるかもしれない。私は何よりわずわらしい人間関係を思わずに自然を楽しみながら無理しないで歩いている。
地元、四国の人に「歩きで巡ると御利益がありますね」と言われることがあるけれど、でも修行は張りつめた緊張の中で精神を研ぎすます中でこそ修行になると思う。私みたいに菩薩行もせずに、アウトドア生活を楽しんだり、宗教の本など読み考えてばかりで、一歩も委ねられない者に悟りは遙か遠い、そんな勉強より一心に真言なりお経を唱えることができるようになれば修行と言えると思う。

最近は修行より生活をしているように思う。厳しいとか、辛いとか、危険とかなくて、所持金がなくなるという危機にも全くあったことはない。小銭しかなくても托鉢すれば、直ぐになにがしかの金が得られるのである。多くの場合、時間給にすれば最低賃金よりも多くの収入になる。それに助けられ私の生活が成り立っている。
なるべく小綺麗にするように努めている。髭をそる、体を拭く、こまめに洗濯する。自分では慣れてしまうので臭いが気になる。
食事は自炊している、基本は米を炊いて、野菜の汁を作っている。衣食住を快適にしようとしている、それだけで一日が過ぎている。
ああ、修行なんて考えていない、毎日生活をしていくことだけで一日が終わる。同じさ、四国を遍路と称して歩いていても、都会でアパート生活していても。

つれづれなるまま、書いてしまって、後がつづかない、文章修行も中途半端で、のびしろだけはある遍路生活を楽しんでいる私です。
(終わり)


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by henroseikatu | 2013-04-21 02:15 | 遍路生活

念ずれば花ひらく 真民記念館に行く

念ずれば花ひらく 真民記念館に行く

遍路道ではないけど、三坂峠から松山に入るとき砥部側に下り、真民記念館に行った。
真民さんが説法をしていると聴きかじり、私はお坊さんだと思いこんでいたが、そうではなく教師をしながら詩を書いていたそうである。
「念ずれば花ひらく」の碑で有名な坂村真民さんである。この言葉、私は句として理解していたが、この言葉は詩の一部で表題でもあった。以下、その詩を書きぬく。

念ずれば花ひらく

 念ずれば
 花ひらく

苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった
そうして
そのたび
わたしの花が
ひとつ
ひとつ
ひらいていった
           眞民
(真民が小さい時、5人の子を残して父親が急逝したため、未亡人となった母親が苦しい生活の中で自己を激励するために、念仏のようにいつも言っていた言葉)


展示の中に今の私にピッタリの詩を見つけた。

捨ての一手
天才でない者は
捨ての一手で
生きるほかない
雑事を捨てろ
雑念を捨てろ
           眞民


◎坂村真民記念館 愛媛県伊予郡砥部町大南705 会館時間9:00~17:00 休館:月曜(祝日の場合、翌日) 2013年5月12日までは相田みつを展も併設


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by henroseikatu | 2013-04-21 02:03 | 遍路生活

遍路生活 車椅子を押して遍路するSさんのこと

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遍路生活野宿生活 2013年4月
車椅子を押して遍路するSさんのこと

大阪では20年間、車椅子に乗って生活していた。人工関節が入っていて、調子の悪いときは痛み止めを飲まなくてはならなかった。四国遍路するうち、車椅子を押しながら歩けるようになった。それで今では車椅子に荷物を載せ、それを押しながら遍路しているそうである。
私が、お大師のおかげで歩けるようになったんですか、と尋ねると「そんなことはない」と言われた。
「大阪では肺気腫のため酸素ボンベを持ちあるき、眼が見えづらかった。四国の空気はきれいで酸素ボンベを使っていない、眼も少し見えるようになってきたので遍路できる。」
「車椅子の座席に水などの食料荷物を乗せて、車椅子の後ろから押して遍路している。既に二回四国を廻っている。室戸までの道中店屋も水も無いので、水はペットボトルを何本も持って行かないと行けない。三回目を廻ろうとしたが室戸をなかなか越えられない。」
「今年、83歳年金で生活している。今は北条の公園にテントを張っている。松山の知り合いに荷物を預かって貰っている。」
私が電動車椅子にしたらと言ったら、実際電動車椅子で廻っていた時もあったそうだ。交番とか、時にはガソリンスタンドで充電させてもらったが、蓄電池が重たいし二三時間は充電にかかるし、交番の中でじっと座っているのも苦痛で使わなくなった。太陽電池で携帯を充電していた時もあった。
一日歩くと体が疲れて、しばらくテントを張って滞在しながら遍路をしている。私みたいに、細い道や裏道にはなかなか行けないみたいだ、またテントを一人で張るのも困難な所があるらしい。

◎Sさんに合ったのは愛媛北条、遍路道沿いでしばらくテントを張りっぱなしできる数少ない公園である。市街のはずれにあるスーパーから海側に入った海沿いの公園である。
この公園は夏は海水浴場になる、今は、葉桜になっていたけれど花見の人達が来ていた。
私がこの公園に着いたとき、二人のサイクリストがテントをたたんでいた。一人は四国一周の日本人、もう一人は世界を回っている外国人である。
そうして、定住しているテントが3軒ある。Sさんから聴いた話では、Sさんの他に、北陸から来た年金生活の夫婦者、三年間滞在している托鉢している男性。ほかに車検の切れた乗用車に寝泊まりしている人、この人は障害者年金で生活していて年金が入ると食料を買いだめして、パチンコで遊び、図書館通いをしている。
そんななかでSさんは、ここに定住していない、ここで何週間か滞在はするがまた旅立つとのことである。
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by henroseikatu | 2013-04-21 01:39 | 遍路生活

遍路生活 楽しみは菜の花さくら草たちよ雨ふるごとに萌えてくる時

楽しみは菜の花さくら草たちよ
雨ふるごとに萌えてくる時
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by henroseikatu | 2013-04-21 01:03 | 遍路生活