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駒坂峠から栄タクシーへ

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9月29日
二日続けて駒坂峠の茶堂に泊まった。ゆっくりと起きて鮎喰川で洗濯した。
13番大日寺から16番観音寺まで参拝した。
観音寺の近くのの有名な善根宿栄タクシーに泊まる。

駐車場の二階に七畳半の畳の部屋が二部屋ある。今日はそこに男六人が寝ることになる。
風呂でシャワー浴びれて、洗濯機がある。
私は訪ねて来たが、自転車の若者は、こんな所があるんだな遍路じゃないからな、と通りすぎたところで、栄タクシーの社長に呼び止められ泊まることになったそうだ。

部屋の壁には納札が所狭しと張ってある。札の他に写真や札所の絵も壁一面に張ってある。

今日は60歳の私は最年長、20代30代、40代の白人もいる。

⑤托鉢をすることの
やはり、腹に物を入れると腹から声がだせる。昨日腹ぺこで托鉢していた時は腹筋に力が入れられず、息は続かず声量もなかった。
勤行を繰り返し唱える。肘を上げているのが辛くなる。持鈴を置き、両手合掌をして般若心経だけを繰り返し唱える。両手を合わせていると唱えやすい、心が入るというか気が集中するというか・・・。

足元のザックの上に置いたコッヘルに、ちらほらお金を入れてくれる人がでてきた。ほとんど視線の外なので姿の確認のできぬまま、あわてて「ありがとうございました」と言うことになった。

背後は狭い歩道を挟んで車がひっきりなしに通っている。
今、背中側のことは全く気にならない、前も正面のごく狭い範囲だ。はずかしいので正面の遠い地面をぼゃっと見ている。

「これ、がんばってね」右側面から女性の声がして、コッヘルの上に小さい封筒と10cm四方の包装された箱を置いていかれた。振り向いてお礼すべきだったが、その間なく女性は去った。
こんな氏素性の分からぬ、いい加減な私に喜捨してくれるなんて、と有りがたくなった。

嗚咽がこみ上げそうになたった、両手合わせて「ありがとうございやす」となんども唱えた。頭が下がった。胸の合掌に顔がつき、ふるえながら、ありがとうございます、と繰り返した。

コッヘルに置かれた封筒などが気になったが、また勤行を唱えていた。
しかし箱がお金を入れるのにじゃまでもあったので、箱を脇に置いた。封筒の中身を確認のすると千円入っていた。四っ折りの紙幣が入るように封筒を切り、セロテープで封をしてあった。

さっきから、そろいのキャップかぶったおっちゃんたちのグループが幟を運んでいる。
そのうち警察官もやってきた。交通安全運動のキャンペーンをスーパー前でやりはじめる。

勤行するのもあきてきた。念珠をかけ合掌しながら、遍路の歌や、釜ヶ崎人情を歌った。さて歌が聞こえただろうか、車の騒音はあるし、お経を唱えているように見えたかもしれない。

また勤行を始める。お経を終えて、しばらく黙っていると、警官かちかずいて近づいてきた。「これどうぞ交通安全よろしく」と言って、透明な袋にはいった物をもらった。後部座席もシートベルトをなどのPRの他にテッシュと光を反射する輪ゴムが入っていた。
●写真は駒坂峠近くの鮎喰川、私が洗濯した場所
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by henroseikatu | 2010-09-29 20:53

駒坂峠 茶堂にて

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9月28日
昨日見つけた茶堂風のお堂のなかにテントを張って寝た。朝起きて、テントたたんで、仏壇を掃除した。
不動明王の石像が二体あり、他に風化激しく何だか解らない石像もある。
ろうそく線香をあげ勤行した。

実は昨日、切り通しになっている駒坂峠に差しかかると、「上松神社・下松神社」との道標を見つけた。
雨宿り宿泊できないかと、急な上り道だったけれど登ってみた。そうすると道を挟んだ向こう側に堂が見えるではないか、あすこなら寝られる。神社のほうも様子をみようと登ってみる。細い登山道をいって見つけた上松神社は祠であった、私は太っている方だしどうも雨避けにはなりそうもない。

そんなして見つけたお堂だ。茶堂と言うのは交通の要所にあって旅人にお茶を出し、集落の寄り合いに使われた建物です。三方の壁がなく正面奥に棚を設けて仏像を置いていた。
遍路道で言えば、あの大江健三郎の実家のある愛媛県内子町大瀬の遍路道沿いに茶堂がいくつかある。

もつとも今泊まっている堂は、堂の左右の壁は肩ぐらいまでトタン張ってあるので、風は吹き抜けないです。ラッキー

今日はその茶堂で一日過ごした。まず携帯に托鉢のエピソードを入力した。越中褌の紐の先がほぐれていたのを直した。その他、荷物の整理をした。
一度、水をもらいにいったが、それ以外茶堂にいた。
峠を通るお遍路さんの鈴の音色は聞こえるのだが、姿は見えない。道からも茶堂は見えていない。

今日は良い晴れ空だった、空が透きとおった青だった、流れるくもがしろかった、直射日光は暑いくらいだが風はさわやかであった。
ここに訪ねてくる人もなく静かな一日だった。

今晩もこの茶堂で寝るつもりだ。

●写真は泊まっていた茶堂


④托鉢をすることの
9月21日始めて托鉢して、そのお金で買い物をした。
それから神社の参道でのり巻などを食べた。明日に残しておこうと思ったビスケットも食べてしまった。
そのままその参道にテントを張って寝た。

朝早く3時頃起きだした。少ない金を使うべきか大分悩んだが、コインランドリーで洗濯することにした。
この近くに100円のコインランドリーがあるのだ、しかも24時間営業。今どこでも大型洗濯機ばかり置いて、600円以上が普通だ。家庭の洗濯機できない、まとめ洗いをコインランドリーでする様になっている。
着替え一式洗うのに600円も払えない。もちろん普段は、毎日手洗いている。
容量4.3kgの洗濯機の他に7kgの洗濯機も洗剤自動投入で100円で使える。
少量しか洗濯しないものとってありがたい。店主はスーパーで千円以上買ったら卵一度ケース一円で売るでしょ、あれと同じ条件のない目玉商品ですよ、と言っていた。

着替えは一組しか持っていないから、洗濯できない時には着替えないと決めている。
乾燥機に100円つかい200円で洗濯が終わった。

その日、近くの種まき大師とも呼ばれる東林院に参拝した。

それから近くの神社の公園で、昨晩買った小麦粉を練ってお湯に落としブランチにした。

その日、四国88ヶ所1番霊山寺から3番金泉寺までお参りした。いつもは納経と言って300円払って納経帳に朱印、墨書してもらうのだが、そのお金がない。
僧侶には伝わらないかもしれないが、本堂大師堂で勤行をちゃんとしているので、お大師さんや仏さんには、私の思いは伝わっているだろう。

JR板野駅近くのスーパー「マルナカ大寺店」に行く。托鉢出来ないなと思い、一度通りすぎた。それではダメだと思い、決意新たにまたスーパーに戻ってきた。
それで元気出すため、その時の所持金420円から、割引の食パン130円とコーヒー1 128円を買ってスーパーの外のベンチで食べた。
ずっとすきっ腹だったので満足した。

このマルナカの駐車場は入口が県道に面した方向しかない。その店舗入口側の歩道から駐車場に向かって立った。

菅笠を目深にし、10m程先の地面を目を少し細くしてボヤッと見る。
左手で片手合掌し、右手で持鈴を鳴らす。
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by henroseikatu | 2010-09-28 19:49

鍋岩から鮎喰川を下る

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9月27日
昨晩、鍋岩に下りた。広い駐車場に面して「おへんろ駅」と言う、前面あけっぴろげの長い小屋があった。野宿に良さそうなので、近くに寄っていくと「ここは直売店舗です。宿泊等は固くお断りします」と書いてあるではないか・・・
それでは駐車場の何処かにと思いながら、近くのまだ開いている店に尋ねに行った。
私は、テント張りたいんだけど、あすこ野宿ダメですと書いてありますね、と言った。
「テントを張ってもいいんですよ、市を開くまでに片付ければいいんだから」とその女性は言った。
さらに「ご飯まだなの、これから炊くの、おかずお接待しますよ、御飯少ないから、一緒に食べて行く」
その時、店の外に3 4人の人が集まって来ていた。ここで食事をするみたいだ。
私は一緒の食事は断った。しばらくして、おかずを二品いただいた。一つは筍のたいたん、一つはなんかサラダ。
久しぶりの豪勢な晩餐になった。だって、お茶漬けの素飲み干してしまったから、おかずと言えば塩しかないのです。
我慢ばかりでは反動がきついから、今度托鉢した時はふりかけでも買います。
そして夜が明けて今日。店の名は「善根宿すだち館」だと分かった。資料によると、二食付三千円の宿でした。

昨晩の洗濯物が乾いていなかったので、ザックにかけて歩いていた。しかし、急に激しく雨が降りだしたりした。
休める所があれば、洗濯物を干し、托鉢の顛末を携帯に打ち込んだ。

鮎喰川沿いに下り、福原辺りで地図にない、お不動さんを奉った茶堂風の堂を見つけ、雨宿りしながら携帯に原稿を打ち込んだ。
夜になり、そこにテントを張り寝た。

③1托鉢をすることの
托鉢の勤行していると警官がきた。托鉢を止めろと言いに来たみたいだ。それにかまわず、勤行を終わってみると警官はいない。

見渡すと警官は横断歩道の前にいた。
私は警官に、托鉢を止めさせに来たのかと思ったと言った。
警官は「交通安全運動で来ています」と答えた。
私は気がスッーと楽になった。托鉢を躊躇していたときは気分が鬱であったが、勤行で声を出しただけで明るさが見えてくる。
まあ依然とし喜捨はないのだけれど。腹の足しにお茶のペットボトルに入った水を飲む。
4時半から立って、暗くなり夜になる。いぜん喜捨なし、私に近寄って来るひとなし。

7時ごろ男の人が百円喜捨してくれた。
8時前に、急に目の前にポカリスェツトの差し入れ、頑張って下さいと女の人から頂いた。最初なんだと思った、現金の方が良いのにと思った。
ポカリスェツトを飲む、グッと喉から食道から体へしみこんでいく。ああ、私が偽お茶を飲んでいたのを知っていたんだな理解した。元気の無いときは点滴が一番。点滴一本ありがとう。しばらくしてポカリスェツト飲みほした。
8時過ぎて女の人から「おじさん、これ」と紙を差し出された。「荷物になるし、何買っていいか分からないし、現金持っていないので、キョーエーのチケットなの、五百円の券二枚。」私は嬉しかった。
「キョーエーは店舗が少ないから、ここで買っていった方がいいかも、でもお釣も貰えるのよ、百円買ってお釣貰えばいいわ。」
私は早速、買い物する気になっていた。半額の弁当を買おう。
「ここの荷物見ていてあげるから買い物してらっしゃい」
私は、もう片付けますからと、それはお断りしてお礼を述べた。
「そう野宿してるの、最近物騒で、この間もテント張って人がやられたでしょう」
私は荷物をまとめ、スーパー入口に持って行った。
今まで話していた女性は、自動車に乗った、方向転換して駐車場を出ていく。その間、私はスーパーの入口前から合掌して見送った。

出来たら、五百円ちょっとの買い物をして、お釣を貰いたかった。
半額の弁当はなかったので、半額の巻き寿司140円、半額コロッケフライドチキン計95円、小麦粉1kg168円、ビスケット105円総計508円になり、二枚の金券を渡し492円のお釣を貰った。
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by henroseikatu | 2010-09-27 20:07

柳水庵から焼山寺

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9月26日
柳水庵の無人へんろ小屋に泊まった。三面ガラスが入っていて明るい。日当たりも良くて、水も旨い。

二日前、別格1番であった人と私と二人が泊まった。その人はすでに今年四回も廻っている人で、テント持っていないで野宿していて善根宿をよく知っている。良い善根宿を教えてもらった。大阪の家に帰りながら遍路をしているそうです。

泊まった小屋を掃除して、座布団や布団を陽に当てていると、宿を管理している人がやって来た。
今日は柳水庵に風を通すために来たと言って、湧水の手入れもしたので小屋の目の前の湧水も急に流量が増えた。
その後その人は、山に入ってチェンソーを使っていた。
その人に聞いた話し、以前柳水庵にいたご夫婦は養老院でご健在とのこと。このへんろ小屋は神山町の人達のボランティアで作った。柳水庵も町の人が役割分担して維持している。一週間に一回女の人達が交代で便所掃除をしている。この辺の遍路道の草刈りもしている。

そうして小屋にいると何人もの遍路さんが通り過ぎて行った。遍路道を歩いているだけだと、他の遍路さんに会うことが少ない。

それからまた山道を歩き焼山寺に行き、鍋岩に下りた。



②托鉢をすることの
海岸沿いを歩き9月20日晩はトンネルが出来たため、使われなくなった海岸沿いの道を利用した彫刻公園にテントを張って泊まった。

21日、朝、湯を沸かし残っていたお茶漬けの素を入れて、ご飯なしのお茶漬けを飲んだ、三杯飲んだ。
家は幾らでもあって、何度も托鉢を試みるができず。
卯辰峠を越す。ここまでの道は、ずっと車道で海沿い風光明媚な道でした。そして1番霊山寺に着く。
既に家の玄関にで托鉢することはあきらめ、夕方からスーパーの前で托鉢することにした。しなければならない。
地図を見ると一番近いスーパーは遍路道とは反対方向の鳴門方面にあった。霊山寺から4キロ余り東にそのスーパーがあった。

峠から降りてきて、麓の大麻比古神社で横になり寝ていた。腹は水を飲んで誤魔化していた。
不安を抱え始めての道をトボトボ歩いた。

一度目的のスーパーに来たが、立つことが出来ず、引き返し神社の境内で一息入れた。
やはり、ここで托鉢しなければと意を決して再びスーパーに行く。

4時半から、鳴門市大谷のスーパー「キョーエイ」で托鉢しだした。
中規模のスーパーで交差点に面し、小さいスペースで駐車場があり、その奥が只一つのスーパーの入口であった。
私は歩道のスーパー側に立ち、車の出入口を見る姿勢になった。
白衣、菅笠、輪袈裟の遍路姿。足元に背負っていたザックを置き、その上に喜捨された物を入れてもらうコッヘル(登山用の小型鍋)をのせた。
左手は二重にした数珠をかけ、片手合掌。右手は持鈴を持ち左手に合わせて胸の高さにした。もちろん正面を見て、背筋を伸ばした、つもり。
そうして、高野山真言宗の勤行をあげた。

4時半から、そこにじっと立ち勤行を続けた。般若心経は時間的に短いので、同じことの繰り返しで、あきもきた。
時間のたつのが遅い何度も時計を見る。

5時頃だつただろうか、私の視線の端に警察官が自転車を停めた。
私は托鉢を止めろと言いに来たと思い、ビクビクしながら勤行を続けた。今までより声を張り上げた。
しかし警官は一更に声をかけてこない。これは勤行が終るのを待っているのだと思った。勤行が終わった。でも警官はいない。警官の自転車はある。

●写真は浄蓮庵の修行大師像
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by henroseikatu | 2010-09-27 08:24

木枯らしちゃうの震える秋

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9月25日 11番藤井寺を参拝し、焼山寺までの山道へ入りました。今日はその途中の柳水庵で泊まります。山道に入って6.6kmの道を3時間20分かかりました。
写真は今日の寝床


①托鉢をすることの
9月19日早朝、四国遍路最後の88番大窪寺に参拝した。結願の喜びなどなかった。三回目だし四回目をそのまま廻るつもりでいたから。・・・本当は腹をすかしていたからかもしれない。
現金がなくなり、買い物はできない、残り少ない米。もう二、三日前から托鉢しなければと思いながら歩いてきたが、全く托鉢は出来なかった。
家の玄関の前でお経をあげれば良いのだけど、ここは家が並んでいないからダメだ、空き家みたいだ、二階に人の姿が見えたからダメだ、どうせ喜捨してくれそうもないから止めよう。

大窪寺を後にして、今日こそは托鉢しなければと思いつつ歩いたが、農家が点々とあるだけで托鉢できず。

多くの場合、結願すると大窪寺から10番切幡寺に出て、そこから8番熊谷寺へ進み、更に遡り1番霊山寺に至るのだが、今回は一度海にでてからぐるっと回って卯辰峠を越して1番霊山寺に行くことにした。

霊山寺に行くまでに二泊したが、20日の朝飯に何時もより少ないご飯を食べ、米はなくなった。その日、四国総奥ノ院と言われる与田寺に参拝、この辺り住宅地もあるんだけれど躊躇し托鉢できず。
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by henroseikatu | 2010-09-25 21:16

遍路第三ステージ

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ご無沙汰してます。遍路も怠慢堕落期を脱し第三ステージに入ったので報告します。

今年4月28日大阪から歩きだし、尾道からしまなみ海道を渡り四国の遍路道を歩き出しました。そして一周81日かけ88番大窪寺を9月21日に満願参拝いたしました。

そのまま再び遍路を続けましたが、金がなくなり食料が買えず水を飲み、残っていたお茶漬けを湯に入れて飲み、空腹を辛抱していました。
そんななかスーパーの前で托鉢することができ、飯にありつくことが出来ました。
その時の貰った喜捨の有りがたかったこと、涙流れそうで「ありがとうございます」と手を合わせ祈るしか有りませんでした。

ありがたく涙こみあげ受ける布施

考えてみるに、悲壮感はなかったですが、忘れていた空腹感でした。
この夏の遍路では道端で自販機を見つけるごとにコーラを飲んでいました。「何の躊躇もなく、使わなくても良い金を使っていました。
なんと私の体は文明、消費社会に犯されているのでしょう。
そんなことお構いなく生きている野宿の先人たちを多く見ています。

腹をすかし歩くことこそ修行の一番ではないかと思いました。今までの遍路はバスに乗って移動する観光遍路と大して違いません。
上げ膳据え膳の民宿泊まりでは遍路じゃないと野宿を始めたという人がいましたが、何の不安もない遍路も修行とはかけ離れたものだと思うに至りました。
最後は貯金をおろせば良い、最後は家に帰れば良い、では現在の状況は変わりません。

貰ったお金わたしの命ともす

昨晩は徳島県吉野川市鴨島町の吉野川遊園地傍にある江川湧水源にある東屋に泊まりました。すっかり深まった秋のような季節になり、夏したくの服で寒さ身にしみます。荷物が重くなるのも嫌なのでギリギリまで我慢です。
次々に訪れてくる地元の人の話を聞いています。あまり聞きたくない話もありましたが聞いときました。

腹すかし百円玉の重さしる

写真は泊まった東屋
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by henroseikatu | 2010-09-25 09:48