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塚地休憩所 清滝寺 托鉢 ビオトープ

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10月30日(土)
塚地休憩所。
今日寝かしてもらった。塚地休憩所は広い東屋で、ごみ箱が置いてある、布団も置いてある。そして長椅子の背もたれの所の格子に風避けのビニールを張っている。ここで寝る人のことも考えてくれている。
ここに泊まっていて、地元の人に会ったことがある。私はゴミ箱があるのが有難いといった。随時見回りしてゴミがたまっていれば回収しているそうだ。地元の人の管理がなければ、いい状態は続かない。
ここの2009年11月頃のノートには、布団を置くことをめぐって色々な人が書いている。ホームレスうんぬんと批判があり、それに対して地元の人(たぶん)が擁護している。
委細は別の機会にするが、地元の人の暖かい気持ちの上に、この休憩所の維持管理が行われているのが分かる。感謝 合掌

定宿塚地休憩所から遍路しながら35番清滝寺に行く。少なくとも4kmは戻ることになる。
7時から托鉢しょうと思っていたが、なかなかできない。やっと条件の良い所(車の通りが少ない、人の気配がない、遍路道である、最近建てられた家ではない、家並みが続いている。)が見つかり8時から托鉢を始めた。
結局一時間で五人の方から1500円の喜捨を頂いた。感謝 合掌
なんとか、それなりの喜捨を頂けた。こんな感じで、毎日托鉢を行えたらと思う。スーパーで托鉢して一攫千金ばかり狙っていたらダメですよ君。

56号線を越し「笹岡タクシー」にザックを預け、清滝寺に向かう、普段背負っている荷物が無いので、足が軽い、早足になる。
畑の中の小道に入ると「ビオトーブきおたき」があり見て回った。ホテイアオイが花を着けている。他の水草も小さな白い花を着けている。水の中にはメダカなのだろうか、小さな魚が泳いでいた。

35番清滝寺への最後の上り道は、ちょっとの間急な坂道だ、それまで平らな道ばかし歩いて来たからこたえる。まあ今日は荷物がないからスイスイだけど。
ところで清滝寺の仁王門の天井に市の有形文化財の龍の絵があるけれど、その天井の絵にガムが投げつけられていた。すごいことする人がいるもんです。

途中のダイソーで買い物して、定宿の塚地休憩所に着いたのが3時過ぎ、次の札所に急いで転けて寝たっきりなってもつまらないので、本日は打ち止めとします。

トンネルを通って宇佐に抜ける。
そして宇佐しおなみ公園にテントをはった。
街灯がなくて暗い、風が吹く、まあ早く寝るの限る、一人寝で膝小僧抱えて夢を見る。
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by henroseikatu | 2010-10-30 19:00 | Comments(0)

ヒゲを剃る 雪蹊寺 種間寺 コスモス畑

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10月29日(金)
ヒゲを剃る。
4月29日の旅立ち前、頭髪を3mの丸坊主にした。それ以来頭や顔の手入れはしていない、鏡なんて見ていない。銭湯に入った時には30円のヒゲソリを買ってヒゲを剃っていた。最近は風呂にも入っていなかったのでヒゲは延び放題だった。朝、顔を洗う習慣もなくなった。
この前、私が60歳です、と言うと「老けてるね」と言われた。そして「ヒゲに白髪がまじってるからかな、ヒゲそったらいいよ」と言われた。
それで、ダイソーで鏡を買って自分の顔をじっくり見たら、酷い顔で「ヨゴレ」になっている。
そんなことがあって、今日ダイソーで五本105円で買った、ヒゲソリで無精髭を剃り落とした。

種崎の渡し船で浦戸湾を渡る。五台山の眼下に広がる高知港につながる海だ。
そして33番雪蹊寺で勤行する。ここで寺前の宿、高知屋の女将にザックとショルダーバッグの新しいしょい方を教えてもらった。まずザックを背負う、首にショルダーバッグの肩紐をかける、両手を肩紐の後ろから通す。これでショルダーバッグの肩紐はザックの肩紐にかかることになる。
ショルダーバッグは片方の肩にしょうことになり肩こりの原因になる。このかけ方なら肩こりにはならない。ただし私も試して見たが、ショルダーバッグが重たいと荷が背中ばかりにかかり不安定になる。私のように、ザックの肩紐に細工し胸の前にショルダーバッグを吊るすと都合良い。

その後、食事休憩を二時間ばかし取った。飯を炊き、洗濯し、薄くなった靴の底に瞬間接着剤でゴムをはった。

34番種間寺を詣る。寺の前の道を道なりに500m位行くと広大なコスモス畑がある。毎年10月にやっているそうで、飲食もできた。私は夢中になり写真を撮った。

次の札所には間に合わないので私は土佐市のスーパーで托鉢しょうと思っていた。三ヵ所のスーパーを回ったが何処も条件が悪く、托鉢はあきらめた。

もう暗く成ってきていた。スーパーで托鉢ではなく買い物して夕飯にした。
それから暗い道を常宿にしている、塚地休憩所に向かった。

本日歩行距離約20km
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by henroseikatu | 2010-10-29 22:40 | Comments(0)

竹林寺、禅師峰寺 弱いまま生きる

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祝 当日投稿

10月28日(木)
五台山の展望台に泊まった。ここの夜景はハッキリと見える。標高120mと低いから眼下から市街、向こうの山並みと点々と灯りが大きく輝いて並んでいる。また明け方、建物が白く浮き出てくると、ダイダイの灯りが輝くようになり美しい風景になった。

今日の朝飯は、ご飯に辛子明太子のふりかけ、玉葱ととろろ昆布の吸い物。そんな食事しているところに、のら猫が寄ってくる。
最初は遠巻き見ていたが、どんどん近づいてくる。私が食べていると、椅子の下まで来て、にゃ〜にゃ〜としゃべりだす。飯を与えるがほとんど食べない。可哀想だが私は猫の食べるような物は持っていない。私と同じように托鉢で生きているのか?まあ、ふっくらとしているから生活に困っているほどじゃないが…。

公園から少し下り31番竹林寺を詣る、クレーン車が入って、ワイヤーで吊しながら木の伐採をしていた。綺麗な庭園を保つために手入れをしているんだと思った。
その後6km離れた32番禅師峰寺に詣る。当寺の仁王門脇にある不動明王が素敵なポスターに成っていて、改めて本物を見る。二色染めの岩石が不思議な感じだ、まだ白っぽい像はポスターみたいに重々しくない。

それからウダウダとのんびりと先に進む、時折パラパラと降る位の雨なので、カッパは着ないで菅笠に雨カバーを着けて歩いた。
4時半に三里に着く、三里のスーパーで托鉢しょうと思った、しかし敷地の中に入いらければならない。で店長に話しに行くためにスーパーに入ったが、私の気がなえてしまって買い物をして出てきてしまった。
まあいいか釈迦でも大師でもないから、死ぬまで迷いながら生きて行く、強者より弱者、悟りより迷い、いまさら性格変えられないから、弱い性格のまま私。
でも本来なら金あるのに托鉢したらダメだよな、托鉢で金ためたらダメだよな。その日の糧を得るのが托鉢の目的なんだから。
まだ切羽詰まってない、外見気にしている私でした。

それから、いつもなら種崎千松公園まで行くのだけど、強風の予報があるので墓地の中の公園にテントを張った。外灯がテントの前にあり、メール打っのも便利だ。

本日歩行距離約11km
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by henroseikatu | 2010-10-28 19:14 | Comments(0)

自由民権記念館 五台山公園

10月27日(水)
高知市立自由民権記念館にいってきた。この博物館は土佐の自由民権運動の博物館です。自由民権運動は明治維新政府に対して憲法を作り、国会の開設などを要求していった、日本で最初の国民的民主主義運動です。
今回は高徳秋水と中江兆民の展示を見に来ました。
中江兆民は東洋のルソーとも呼ばれる思想家で今回の展示では「小国家論」に注目しました。国家間に大小なくスイス、ベルギーなどのように信義と道義を追及すべき、との考えで、今の日本国憲法に通じるものがあります。
高徳秋水は兆民の教えを受けていて、世論が戦争熱に浮かれる中、日露戦争に一貫して反対し論談をはっています。
幸徳秋水絶筆
「やれ成功だ、失敗だ、そんなちっぽけなことなど問題にせぬがよい。そんなことより大切なのは、古今を貫く意気を涵養することだ。生だ死だと騒ぐけれども、人は生まれるから生まれるのであり、死ぬるから死ねるまでのことに過ぎなぬ。観じてここに至ると、身は獄中に在っても、その庶民たることに寧ろ誇りを覚えるのである。


暗くなる中、道路を上る、外灯はない、ときおり後ろから乗用車が上ってくる。頂上の駐車場に着く、夜景が広がる、高知の市街だ。
高知の東にある、五台山に登った。見事な夜景で公園の整備も良い。
展望台の建物の軒下が広く、テントを張るにはもってこい。長椅子やテーブルもある。
私は始めてきた。お遍路さんにもぜひ寄ってもらいたい。レストランも素敵な感じだ。
野宿する場合、ここには多くの二人づれが来ることをお忘れなく。
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by henroseikatu | 2010-10-28 09:08 | Comments(0)

はりやま橋 托鉢

頭、いや頭の中の味噌の回転が悪くなり、努力放棄、26日の日記はこのぐらいで。

10月26日(火)
はりやま橋で托鉢しょうと思った。JR高知駅前は大きなショッピング街が駅の近くになく、人の流れが少ない。
はりやま橋辺りを、うろうろするがなが、なか決心が着かない。アーケードには若者を中心に人通りは多い。しかし私のターゲットはおばちゃんである。そんな人はどこに集まるのだろうか?
そう言えばと思い、はりやま橋の地下道に行く。今は地上の車道の脇にに赤い欄干があるけれど、かってはなかった。その時代は地下道に赤い欄干があり観光スポットになっていた。
ビルとビルの谷間、かっては川が流れていただろ所が公園になっている。その地下を車道を横断するように地下道が通っている。
地下道には地上にから撤去された赤い欄干があり、古い写真や観光名所が紹介されてあった。
その一画に男たちが5、6人そして、おばちゃんが一人かたまっていた。おばちゃんだけが台車に荷物を積み、犬も連れていた。
今日は昼間から風が、冷たい風が吹いてる。みんな暖を取りに来ているのだろう。でも、この地下道、夜間は閉鎖されることになっている。

6時からやっと横断歩道の近くに立った。
はりやま橋の隣で、信号待ちの自転車が集まる。しかし暗くなり5時前との人出、自転車の量は格段に少ない。
托鉢を始める。長いこと反応はない、通行人が少なくなってくる。歩行者信号が赤になっても人が溜まらない。
一時間ほどたって、始めて喜捨を受けたのは小学校4年生位の男の子、近くに家族がいた。
それから自転車にのったおばちゃん、私が良かったら貰って下さいと納札を渡すと、「ありがとう」と言われ、私は恐縮してしまった。
もう一人いたんだけど、記憶が無くなった。この三人に頂いた喜捨に私は希望を頂いた。この頂いたコインの重さ、でもお札一枚より思い。

その後、8時前にバタバタと何人かが喜捨してくれた。
車道からバイクに乗ったまま、近くに来て、頑張って下さいとカッコ良く去っていった兄ちゃん。
実は今日、遍路さんが脳○〇で亡くなったの、寒いから気をつけてね。
小銭を残さず入れてくれた人。

夜6時から8時まで2時間で、20人以上から総計872円の喜捨を頂いた。
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by henroseikatu | 2010-10-27 15:13 | Comments(0)

昨日の日記は今日書いてる。いま書いてる、そのうち書けるさきっと書けるさ、地震こなけりゃ?

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橘安純
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by henroseikatu | 2010-10-27 08:18 | Comments(0)

夜須から高知市 二番穂

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10月25日(月)
道の駅夜須は海水浴場があり、ごめんなはり線の夜須駅がある、その高架下で昨晩は寝ていた。
椰子を植えているから、ヤッシーパークだと思っていたのですが、けさ気がつきました。ヤ・シィパークと書いてあります。シィパーク、海の公園なんですね。その前にヤを、夜須のヤなんでしょうかつけたんですね。
ごめんなはり線夜須駅のマスコットは「やなせたかし」が作った「やすにんぎょちゃん」でございます。
途中で見つけた狛犬どこか変、なんか人相が違う。生まれかな、育ちの違いかな?
両手合わせて、頭を下げて美しい祈りの姿です。こんな姿したいものです。

とむだ話でざをもたす。書くことないんですよ、そうそう書き忘れていたことがある。室戸の羽根の先の中山峠で農家の人に聞いた話だ。
前々からよく見てきた光景がある。稲を刈た後、しばらくたって、その刈跡から青い葉が出てきて、ついには花が咲き穂もできてくる。
私はけなげだな、どうせ実りもしないのに、いっそのこと無駄な生命力使わせずに、田圃にすきこんで安楽死させれば良いのに、と思っていた。
ところがその農家の人がこんなことを話してくれた。「この辺じゃやらないけど、これを苅って食べるところもある。綺麗な米だからお寿司屋さんが使うんだ」
ちゃんと食べられるまで実っていたんですネ。話を聞いていくと、綺麗なとは農薬に汚染されていないという意味だった。
この二番穂を組織的に集めれば、高く売れて商売になるんじゃないかと思うんですが、どうでしょう。
携帯電話で調べると、ほってある二番穂を野鳥が食べているそうなのです。あるサイトには、二番穂で野鳥が増え、それを狙う鷹鷲が増え、生態系が豊かになると書いてありました。
二番穂を独占的に扱い金儲けしたかったのですが・・・

今日は朝方は雨は降っていなかった、昼頃からは降ったり止んだり、夕方には降り続けた。
28番大日寺、29番国分寺を詣り、夜道を歩き蒲原の5号ヘンロ小屋に泊まった。会社が閉まっているのでトイレは使えないが電源があるのが有難い。
本日の歩行距離約23km

最後に書くべき事があった。用事があって香美市役所に行ったんだけど、役所に入るためにザックを下ろしみずくろいをしていた。
そこでお遍路さんですかと声をかけられ千円の接待を受けた。突拍子もなくて、驚いた。もちろんその接待をありがたく受けた。感謝合唱南無大師遍照金剛×3
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by henroseikatu | 2010-10-26 06:39 | Comments(0)

安芸本町商店街 赤野接待所 掘切の向かい地蔵

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写真を入れていなかったので再度送ります。
10月24日(日)
昨晩は55線沿いの安芸市役所前の屋根の下に寝た。大きな樹木を縦にきってベンチにしてあった。開放的過ぎるかもしれない。開けて安芸の駅前に行くと、バス停に長椅子があって、背に当たる部分が全面ガラスに成っている。仮眠するなら市役所前より駅のバス停だと思った。

安芸を通過するとき、いつも国道沿いを歩るいていたので、今回は海よりの古い商店街「本町商店街」を歩いた。幅が広く、東側は一直線で古い商店も残っていて、往年の賑わいも想像できる。この通りに百円ショップのダイソーがあった。地元の人は、電車の開通と駅近くにスーパーマルナカが出来たので寂れてしまった、と言っていた。
その道を突き当たると、バス車庫のある広場で小さめの東屋が二棟ある。便所もあるよ。

その先、自転車道を歩くんだけど赤野に接待所があった。五人の地元の人は迎えられ、セルフサービスでお茶を入れるシステムだ。

その先、琴ヶ浜でイベントやっていたが、200円の「かつおタタキ」は売り切れでした。無料のすまし汁を飲ましてもらった。

そこから、まだ自転車道が続くのだけど、いつもこのまま自転車道を行くのだけれど、今回は気分を変えて国道を通ることにした。
そうして、進路を国に向けたとたん面白い地蔵さんを発見したんです。

27-28●街道の向かい地蔵[国道55号線より南側、和食川を挟んで]
昔の和食川には橋がなくて、川を渡っている途中で流される人もいた。江戸時代のいつごろか、亡くなった人々の成仏と旅人の安全を願って、お地蔵様が両岸に向き合う様に建てられた。このニ体のお地蔵さまは、向かい地蔵とも見合い地蔵とも言われている。
幅二間の街道を大股で安田の姉の家へ急ぐ坂本龍馬も、お城へ行く中岡慎太郎も袴をからげて川を渡っていったことであろう。
明治二十年代(一八八七〜九六)になって、北のほうに橋が架かり、その長い役目を終えた。
お地蔵さまは長い年月、何もかも眺めてこられたが、ここ掘切は街道、新旧国道、鉄道など時代の移り変わりを感じさせる場所でもある。[2010年四国遍路みちぞい物語]

雨が降って来ました。ざあざあぶりになってきました。
そこで、ごめんなはり線の夜須駅下、高架の下の雨のかからないところで寝ることにします。
歩行距離約16km
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by henroseikatu | 2010-10-24 21:47 | Comments(0)

安芸本町商店街 赤野接待所 掘切の向かい地蔵

10月24日(日)
昨晩は55線沿いの安芸市役所前の屋根の下に寝た。大きな樹木を縦にきってベンチにしてあった。開放的過ぎるかもしれない。開けて安芸の駅前に行くと、バス停に長椅子があって、背に当たる部分が全面ガラスに成っている。仮眠するなら市役所前より駅のバス停だと思った。

安芸を通過するとき、いつも国道沿いを歩るいていたので、今回は海よりの古い商店街「本町商店街」を歩いた。幅が広く、東側は一直線で古い商店も残っていて、往年の賑わいも想像できる。この通りに百円ショップのダイソーがあった。地元の人は、電車の開通と駅近くにスーパーマルナカが出来たので寂れてしまった、と言っていた。
その道を突き当たると、バス車庫のある広場で小さめの東屋が二棟ある。便所もあるよ。

その先、自転車道を歩くんだけど赤野に接待所があった。五人の地元の人は迎えられ、セルフサービスでお茶を入れるシステムだ。

その先、琴ヶ浜でイベントやっていたが、200円の「かつおタタキ」は売り切れでした。無料のすまし汁を飲ましてもらった。

そこから、まだ自転車道が続くのだけど、いつもこのまま自転車道を行くのだけれど、今回は気分を変えて国道を通ることにした。
そうして、進路を国に向けたとたん面白い地蔵さんを発見したんです。

27-28●街道の向かい地蔵[国道55号線より南側、和食川を挟んで]
昔の和食川には橋がなくて、川を渡っている途中で流される人もいた。江戸時代のいつごろか、亡くなった人々の成仏と旅人の安全を願って、お地蔵様が両岸に向き合う様に建てられた。このニ体のお地蔵さまは、向かい地蔵とも見合い地蔵とも言われている。
幅二間の街道を大股で安田の姉の家へ急ぐ坂本龍馬も、お城へ行く中岡慎太郎も袴をからげて川を渡っていったことであろう。
明治二十年代(一八八七〜九六)になって、北のほうに橋が架かり、その長い役目を終えた。
お地蔵さまは長い年月、何もかも眺めてこられたが、ここ掘切は街道、新旧国道、鉄道など時代の移り変わりを感じさせる場所でもある。[2010年四国遍路みちぞい物語]

雨が降って来ました。ざあざあぶりになってきました。
そこで、ごめんなはり線の夜須駅下、高架の下の雨のかからないところで寝ることにします。
歩行距離約16km
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by henroseikatu | 2010-10-24 20:56 | Comments(0)

ごろごろ石 弘法大師お休み岩 安芸托鉢

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10月23日
昨日の「神峯山の空と海の展望公園」の行き方ですが、車道から来る歩き遍路さんのためのコースを案内します。
車道をぐねぐね、ぐねぐね上り、下り坂になる手前で、左手をご覧ください、私の瓿を見てどうするの、左の方向を見て下さい。見えましたか、道がついているでしょう、そこを上って、すぐ左へ尾根筋を上って行きます、680歩あるいたら、もうそこは展望台です。

2日泊まった「空と海の展望公園」をやっと1時に出発した。
道の駅大山を過ぎて、道路工事を長いことやってるけど、その先位の海岸では、石がゴロゴロと鳴っていた。
防波堤の下は浜辺や磯辺がなくて、すぐ海になっている。辺りの海面は茶色く濁り、波が押したりいたりするごとに、直径20cm位の丸目の石が押したり引いたりしていて、ゴロゴロと音を鳴らしている。
あのゴロゴロ石で有名な東洋町野根あたりでは観察したことはなかった。
この先、高知の方の海岸線は同じ石があるのだが、テトラポット設置されており、音はしない。
この日、波が強かったのだろうか?
常に鳴るのだったら、名所にしたいところだ。現場写真撮っとくんだったな、ざんねん。

その先、伊尾木洞や寅さん地蔵を見たいので、歩き遍路道になっている防波堤から国道を歩く。
国道を歩いていると、線路の向こうと防波堤の間に何か案内板があった。砺石谷という踏切を渡り防波堤の前に行くと「弘法大師お休み岩」と言う案内板があり、防波堤の前に岩が鎮座している。
こんなところに大師いわれの遺物があったんですね。防波堤の上からだけでは、分からずじまいです。
26-27●弘法大師お休みの岩[安芸市砺石谷]
四国には弘法大師の修行の跡が多い、阿波大滝岳、土佐室戸崎などもその一つ
北川村和田妙楽寺古文所によれば、御年二十四歳の延歴十六年(七九十)に、一木三躰の尊像を刻むと云う。
その頃の事か、松原の中を通っていた遍路道筋のこの岩の上でお大師が休まれたと里人は伝える。その時のわらじの跡があるとも云い。この岩にあがってはならないとの伝承もある。
貴重な遺跡の一つである。
安芸市

その先、遍路道は伊尾木駅まで防波堤を通り、それから国道を行くようになっている。しかし伊尾木駅から安芸市街への歩道は未整備である。
ですから、伊尾木小学校あたりで防波堤の道を出て、国道から一本奥の道を進んだら良いと思う。その通りには伊尾木洞、寅さん地蔵がある。その名物の話は夜も遅いので割愛する。

安芸の市街に入るころは暗く成っていた。市街の三つのスーパーを見て、辻立で托鉢できそうな、「サンシャイン港町」に立つ。
ただ一つある入り口に歩道から駐車スペース一台分あけて対面できる。

納札の後ろに、まだ説明を入れずに「少欲知足」と書いていたら、これが名前かと聞かれた。ちゃんと説明を入れておかなければいけない。
また何回かと聞いて来たひともあった。いつも尋ねられることだ、お札に書いておこう。
真面目な勤行の他に、般若心経や光明真言を早口で体を動かしながら唱えたりしている。

今日は勝手に遊んでいる気分でいた。暗いこともあり、人の気配にかまわずにいたら、みんな進んで私の方に来て下さり。喜捨を下さる。

ああ、そお言えば、今日は良い行いをしてたんだ。だから一日気持ちが良かったんだな。だから……
そんでもって6時半から8時までで2812円の喜捨を受けた。
いい気分で声だして、喜捨して貰い、有難いです。
感謝 合掌
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by henroseikatu | 2010-10-24 01:54 | Comments(0)