「ほっ」と。キャンペーン

<   2011年 07月 ( 35 )   > この月の画像一覧

宮崎道標の補修

2011年7月24日 高知四万十町 36番清龍寺から37番岩本寺への遍路道 国道56号線から高岡神社への分岐のへんろみち保存協力会宮崎建樹の道標


f0222943_57289.jpg

f0222943_5877.jpg

が見えなくなっていたので、赤いマジックでかすかに残る跡をなぞった。




f0222943_583982.jpg
f0222943_585834.jpg

[PR]
by henroseikatu | 2011-07-28 05:09 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

新四国曼茶羅霊場を歩く54日目

新四国曼茶羅霊場を歩く54日目 
2011年 7月27日水  59番薬師寺
はりやま橋から国道32号線を東に行く。国分川を渡るとき路面電車が通る国道195号線に行かないように。
32号線の高須の先で右折して県道248号線に進む。白水橋を自動車は道なりに進んでいくが、ここで左に曲がり家並みの中を南の堤防に向かう。下田川の堤防に近づくと田圃の中に寺の59番薬師寺の石碑と案内板がある。
f0222943_1131442.jpg

f0222943_1142597.jpg

民家の間を進むと、でこぼこな階段が危なかしい。階段を上がりきると、見晴らしが良い、水田、下田川が見渡せる。城の城主の気分である。
f0222943_113494.jpg

本堂のガラスの扉を開けると、もやっとした空気、扉を開けっ放しにする。冷水器があったので、腰掛け冷水を何杯か飲んだ。それから輪袈裟をして勤行をした。唱える間、汗が噴き出した。

その日、国道まで戻り、国道のインターネット喫茶に泊まった。
[PR]
by henroseikatu | 2011-07-27 22:44 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

新四国曼茶羅霊場を歩く53日目  58番峰興寺

新四国曼茶羅霊場を歩く53日目 
2011年 7月26日火 58番峰興寺
龍王公園から道なりに進む、途中から山越えし、下りた所が佐川駅、そこから左に道なりに進み、長い商店街がある。やがて国道33号線に合流左に曲がり西行する。
歩道トンネルがある赤土トンネルを下ると、左にカーブしながら町中に出る。直ぐ次の路地を左に入ると58番峰興寺になる。

疲れこんで境内で座り込んでいると、住職ご一家が外出から帰って来られた。
それから、私は慌てて見繕いして、本堂で勤行した。護摩堂や、地蔵堂などもあったが経を唱える余裕はなかった。納経所に行くと奥方がいて納経した。荷物の場所に戻ると、そこに住職が待っていて「お接待です」と冷たいペットボトルのお茶を頂いた。
f0222943_195682.jpg

f0222943_1103559.jpg

私が、また来た道を戻るのが辛いとか言ったものですから、住職は「車お接待をしましょう」と言われた。私は歩いて来た道を車で戻るのはいいでしょう、と理由をつけて車接待を受けることにした。
お寺のある越知町から私の歩いてきた佐川まで来た。もうちょっと先まで行きましょうと住職が言うままに、次の札所に向けて国道33号線を高知の方に進んで行った。
そのうち激しい雨が降りでした。車接待のおかげで、ずぶ濡れにならずにすんだと思った。越知から歩いていたら、どこかでこの雨に遭遇していたかも知れない。
仁淀川を渡った伊野駅まで住職に送ってもらった。駅に着く頃には雨は殆ど上がっていた。車の中で住職は高知のことを話していた。車の中で私はまだ高知のことは頭の中に無かった。ところが高知はわりと近くになってきていたことが後から分かった。その気でいれば、次の札所まで行けたかも知れない。

そんなわけで、伊野から国道33号線でを東へ歩く。国道は宇治団地前から左にバイパスとなる。私は場所を直進する。朝倉駅前で道が分かれるが、私は真ん中、路面線路のある道を進んだ。その道、橋にかかるところで右に進み、道なりに行くと国道56号線に突き当たり、左に進む。この先、国道沿いにある市総合運動場を、今宵の野営地にする。

しかし、ここで近くに「ぽかぽか温泉」を発見、寄り道をして温泉に入る。高知市北川添のぽかぽか温泉。入浴料金700円と少し高いが、まあいいか!露天風呂に入っていると、雨が降ってきた。
温泉を出るときには、雨は上がっていた。暗い道を鏡川そばの市営球場のスタンドの軒下に寝た。
[PR]
by henroseikatu | 2011-07-27 22:41 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

新四国曼茶羅霊場を歩く52日目

新四国曼茶羅霊場を歩く52日目 
2011年 7月25日月 57番観音寺
土佐久礼の消防署の前のバス停で仮眠した。スコールのような雨はやんだが、時たま雨が強くなる。カッパと菅笠で出発する。
国道56号線沿いに東へ。須崎でコインランドリーを探し、昨日の晩に濡れたまま今日半日着ていた衣類を洗濯乾燥する。
旧56線で、須崎の警察、市役所の前を通り大間に抜け、大間水門の方に向かうと、右手に57番観音寺がある。本堂、大師堂とも二階にあるのが珍しい。
f0222943_18585.jpg

旧56号線を北上、やがて56号線と合流。しばらく行くと、「佐川方面、国道494号線」へと左折する。途中バイパスの表示があり急坂が現れるが、右に曲がり旧来の道を進む。斗賀野トンネルで峠をこして、
龍王公園で泊まった。
[PR]
by henroseikatu | 2011-07-27 22:39 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

新四国曼茶羅霊場を歩く51日目 高岡神社 

新四国曼茶羅霊場を歩く51日目 
2011年 7月24日日 高岡神社
窪川運動場で寝た。東屋がない、しかも夜間は入口が閉鎖されてしまう。

窪川駅から真っ直ぐ道なりに行くと、窪川高校、窪川中学の前を通り丘を降りきると川があり、その橋を渡り直進すると高岡神社の小山に突き当たる。
高岡神社参拝する。この神社、本四国37番岩本寺の近辺にありながら、一度も立ち寄っていない。もともと、ここにあった福円満寺が37番の札所だったらしい。
社務所もある中ノ宮を中心に右に東大宮、今大神宮そして左に今宮、森ノ宮が、それぞれ石の鳥居があり、拝殿神殿が鎮座している。神社前の民家で朱印もらえると張り紙してあったので、その民家を訪れたがご主人不在ゆえ朱印はもらえなかった。
●高岡神社(五社神社)由来記●
平安時代初期、伊予豪族であった河野家の子孫がこの地に来住し一帯を開発して祖神と崇敬神を祀ったのが仁井田大明神である。
以来仁井田郷六十八ヶ村の総鎮守神として崇敬せられ、特に戦国時代には仁井田五人衆の武運守護神ともされていた。最初は一社であったが天長三年弘法大師が境内に福円満寺を創立し四国霊場の札所としたとき社を五つに分け、各社に諸佛を祀り五大大明神と改称され、神佛習合の神社となった。当時各社の神主は武家格式を有し、神社前には門前町が並んだ。
神宝として、土佐二代藩主山内忠義公奉納の金幣、西原紀伊守の刀、仁井田豪族傑中西権七の所持したと伝えられる長刀、近くから発掘された古代の銅鉾などが納められている。

国道56号線北へ、七子峠からは下り一方、歩道のあるところも二カ所あったが、ほとんどが歩道なし。路側対を示す白いラインぎりぎりにカーブを突っ込んでくる乗用車もあり緊張を強いられた。

土佐久礼のスーパーで弁当を買い、海岸で飯を食べる。洗濯もせずに海岸の松林の下にテントを張り寝る。
夜中前、雨が降り出す、とたんに大振りになり、あわててザックもって便所に退避。やがて雨上がり雲はなくなり星が見えだした。
濡れたテントをたたみ、荷物を持ち久礼駅前のバス停で仮眠することにする。
バス停に着きしばらくすると、また激しく雨が降り出した。
f0222943_124883.jpg


f0222943_142978.jpg
f0222943_1623100.jpg

[PR]
by henroseikatu | 2011-07-27 22:37 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

新四国曼茶羅霊場を歩く50日目

新四国曼茶羅霊場を歩く50日目 
2011年 7月23日土
佐賀公園から伊与喜そして佐賀温泉と国道56号線を通ってきた。伊与喜から佐賀温泉までは、今まで遍路道しか通ってこなかった。遍路道は川沿いにある。今回は何時も通っていない国道を通ることにした。遍路道は川沿いの平坦な道である。しかし国道は上りや下りが続くのである。歩道はあることにはあるが、殆どが側溝の蓋の上を歩くことになる。凸凹としている、あるところでは草が生えている。台車を引っ張る私には不都合である。この当たりは遍路道が良い、歩道などないが、ちゃんと舗装され自動車も殆ど通らない。

何時も通らない道を通り、収穫もあった。
バス停で、食品販売の車を待っていた女性に聞いて分かった事。伊与喜で川の左岸の山の上に見える展望台は「伊与喜城跡」に立っていて、昔は登れていた。

この国道沿いに、お四国遍路有志一同で建てたお地蔵さんがある。
また黒乃川文殊堂があり、堂の中には高校、大学入学祈願の願いが多くはられ、時期がくれば近辺の人々に頼られているようだ。

f0222943_0582916.jpg
f0222943_059145.jpg

[PR]
by henroseikatu | 2011-07-27 22:34 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

新四国曼茶羅霊場を歩く49日目

新四国曼茶羅霊場を歩く49日目 
2011年 7月22日金
四万十市古津賀のインターネットカフェ「ドーム・ツースリー」(国道56号線に面して、古津賀駅近く)の閉店時間は夜10時。
閉店時間までいて、それから、夜の国道56号線を歩き出した。この区間ずっと歩道があったので危険は感じなかった。道の脇が溝になっている可能性はある、足下注意で歩いた。
途中で仮眠しながら歩き、夜が明けて、道の駅「ビオスおおがた」で買ってきたパンに紅茶を沸かして朝飯にした。

その日、昼2時頃に佐賀公園に着き、それから洗濯を始めた。着たきりのズボンも、久しぶりに洗った。
一カ所だけ東屋があったが、そこには先住者がいたので、今日は青天の下でテントを張ることにする。足下はちょっと伸びすぎた、草ぼうぼうである。朝露でテントが濡れそうである。雲が全面を覆い、いつぽちぽち落ちてくるかもしれず。不安ではあるが、この間の台風6号程ではあるまい。
[PR]
by henroseikatu | 2011-07-27 22:31 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

こき

f0222943_19124093.jpg

[PR]
by henroseikatu | 2011-07-21 19:12 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(1)

xhy

f0222943_19103175.jpg

[PR]
by henroseikatu | 2011-07-21 19:10 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)

愛南町須の川あたり 水が澄みとおり青い小魚が泳いでいた。

愛南町須の川あたり 水が澄みとおり青い小魚が泳いでいた。

f0222943_1903697.jpg

[PR]
by henroseikatu | 2011-07-21 19:00 | 新四国曼荼羅霊場 | Comments(0)