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托鉢遍路№060 1月19日2012年

●托鉢遍路№060 1月19日2012年

朝方は傘をささぬ雨であったが、そのうちまともな雨となった。
右手で傘、左手で台車を引く。雨は激しくない、風で寒い。
左側に海岸を見ながら、防波堤になっている道路を進む。狭い波打ち際には地層が横倒しになっている。
雨もあり、今日の移動距離は7キロ程、黒潮町伊田、観音寺に着く。12畳はある板の間で遍路が自由に泊まれる場所になっている。

観音寺には先客が一人いた。その人は、去年この観音寺で会った男の人だった。
偶然、同じ人に、同じ場所で会った。不思議だ。

私は、何時もは遍路小屋や善根宿には泊まらないテントで野宿する。テントは自分の個室になり自由が効くから良い。
この前も、雨で観音寺に泊まりに来ると、先に二名の遍路が泊まっていた。
その一人が今晩同宿する人だ。そのWさんは、去年会った時、雨で托鉢ができず、菓子パン二つで明日まで持たすと言っていた。
そこで私は、ご飯を炊いてWさんに食べてもらった。

Wさんはとても軽装だ。30リットル程のザック一つである。因みに私は55リットルのザックと引き台車である。

Wさんのもっているコンロは、私が持っているスーパーでも手にはいるカセットガスボンベでなく山岳用だ、火力が強いと言っている。ガスボンベはホームセンターで容易に手に入るそうだ。
主に即席ラーメンで食事をしている。朝方は100円ショップで買ってきたパンをインスタントコーヒーで食べていた。

門付けをしているそうで、雨の日はポンチョを着るので托鉢はやりづらいと言っている。

Wさんはテントを持っていないし、寝袋は保温が足りず寒いのので、東屋など壁の無いところではなく、大師堂等の小屋に泊まっているらしい。

Wさんから以下のような話を聞いた。
『ねぎは小さいハサミで切ってラーメンに入れる。キャベツは切れないね。
昨日100円ショップて菜切り包丁を買おうとしたけど、へたに包丁持っていると、警察がうるさいからやめた。
知り合いが、歯が悪いから柿を剥くためにポケットに入れていたんだと言っても、警察は護身用に持ってたんだろうと言い続けるんだ。
警察は言いがかりをつけるんだ高知の警察はそれほどでもないけど、とくに徳島の警察はひどい。』
その時、私は何時もは炊事に使っている折りたたみ式の刃わたり8センチメートル程のナイフをポケットにいれていた。
廃品の自転車から(ナット回す工具が無いので)タイヤだけ切り取って、台車のタイヤにゴムを張り付けるために持っていた。
私もめんどくさいのは嫌だから、用事がすんだらナイフはしまって置くことにしょう。

私は四国を右回りの順打ちであるが、Aさんは逆打ちである。
私は雨が降っていなければ観音寺には来なかった。雨が離れた場所にいる二人を偶然引き寄せたことになる。
偶然、同じ人に、同じ場所で会った。不思議だ。雨が結びつけた因縁である。これから先、因縁が何かを起こすのだろうか。
よくる朝のことだが、私がWさんの荷物見て、野宿遍路に見えないねと言った。
するとWさんは「荷物をまとめてるからね、台車引っ張ると国道とうって遍路道とうれなくなるからな。」と言う。

いちおう曇りの天気予報が出ているけれど、夜は怪しいからとWさんは昨日きた中村にもどると言う。昨日は留守だった知り合いの部屋へ泊めてもらいに行くということです。

さあ、私はのんびりと次の町まであるきます。(19日付けで書き始めたけれど、いつの間にか20日の朝になってあた。)
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:58 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№059 洗濯してると曇ってくる 1月18日2012年

●托鉢遍路№059 洗濯してると曇ってくる 1月18日2012年

9時過ぎたので托鉢を始める。昨晩泊まった伊与喜から4kmほど離れた黒潮町佐賀の街中を門付けしていく。
いつもなら、托鉢のやり始め、しばらくは、托鉢に応じてくれない家が続くものである。
今日は二、三軒目で托鉢に応じてくれた。

私が「托鉢修行している遍路です、玄関先でお経を上げさせて下さい」と言うと。
「どうぞお願いします」と言ってくれて、玄関が開け放される。
私は念珠を持った左手で片手合掌し、持鈴を持った右手を合掌に合わせ読経する。
読経が終わり、持鈴を二回鳴らす。持鈴をしまい、両手合掌して、ありがとうございました、と言う。
喜捨を頭陀袋に入れてもらう。

さっきまで、不安を圧し殺して托鉢していたのが、気が楽になり開き直りができた。
いつもより、朗らかに、次の家に行く。やはり托鉢するときは明るくなくちゃあいけない。
「いま誰も居ないんです」「これから出かけるところなんです」と断られても動じない。
朗らかな感じで私は「ありがとうございました」と言いおいとまする。
そして今日からは「おじゃまさまでした」と言う言葉を付け加えることができた。

托鉢を断るのに、よく「ごめんなさいね」「すいません」とか言われる。私が一方的に訪ねて喜捨を乞うているのだから、叱られても仕方ないのだけど、こちらの立場も立ててくれて、優しく断ってくれる。
ありがたいことです。そうゆう人ばかりいるから、托鉢を続けていけるのだと思う。
お大師さんのお陰なのだろうか、感謝に絶えない。

それでもって、今日は千円の喜捨が二所帯もあって、11時には托鉢を止め、スーパーで買い物をした。

それから、町の外れの佐賀公園に行って昼食をとり、その後洗濯を始めた。
朝から曇り勝ちだった。最初は太陽が当たっていたが、洗濯が終わる頃には、空は雲におおわれた。

洗濯が終わってから、公衆便所に併設されている無料の水シャワーに入った。
夜は東屋の下にテントを張って寝床とした。

ps.曇ってきて、洗濯物乾くか危うしと思っていたが、日がくれてから風が吹き出し、夜中には洗濯物は乾いたのでした。愛でたしめでたし。
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:55 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№055 自作台車の人 1月14日2012年

●托鉢遍路№055 自作台車の人 1月14日2012年

須崎のスーパー玄関の脇の壁の前に座りこんで、遍路姿の男の人がいる。昼前のことだ。
白衣、笠、姿で正座している。前に、小銭の入っている椀があり、その影にデジタルの時計が置いてあった。
玄関わきに台車が置いてあった。プラスチックのパイプで形を作り、車軸に金属のパイプを使っている。衣装ケース風の箱にそってパイプは組み立てられている。
車体の下には、カゴが付けられ予備のタイヤが入っている。

私には、座って喜捨を求めることはなかなかできない。それは托鉢とは違う様にも思う。

有り体に言えば乞食を想起される。イメージとして乞食が座って物を乞うと言うのは私だけだろうか?
椀にお金を入れる為には、通行人は立ち止まり、しゃがまなければならない
立って、例えば手に椀をもち物を乞うのに比べ一動作ふえるので、施しをする人は少なくなる気もする。

下座を表すため、通行人に対して座っているのだろうか。立っているより憐れみを乞いやすく施しが多くなるのだろうか?

と考えた。まあ私も遍路を標榜しているが、大きな荷物引きながら、スーパー目指して歩いている。

客観的に見れば職業遍路に見えるだろう。乞食と言ってもかまわない。
でも、それなりの遍路として読経して歩きたい。
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:46 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№052 冬支度完了 1月7日2012年

●托鉢遍路№052 冬支度完了 1月7日2012年

去年の話三話読んでくれました。
金銭の余裕があり、久しぶりにインターネットカフェから送稿しました。
文書を打ち込めるポメラと言う持ち運びできる道具に入力していたものです。
それを携帯電話から送るには情報をバーコードとして送るためソフトの使用料がかるので、限られた資金では使えません。
携帯電話では作れない文章になっていましたね、ポメラも使いたいけれど送稿できなければ使えないですね。

ここのところ托鉢が上手くいって、お金があるものだから、食料の備蓄が増えている。
スーパーは、ここから先にもあるんですけど、今まで高くて買う気がしなかった品物が安いのでつい買ってしまうのです。
88円のレトルトのカレー、105円の缶詰なんか高知市内で久しぶりに見たんです。砂糖も1キロ、200円以内なんて久しぶりに見ました。
すっかりリスになって、多分体も太って来ています。

衣類を買った。古着屋で700円のフリースのシャツをセールで半額、防寒ズボンはスーパーで買った。今まで重ね着でしのいでいたけれど、なんとか冬の格好になってきました。
これも喜捨のおかげです。
感謝 合掌
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:40 | 托鉢遍路 | Comments(0)

Fw:速報№051 去年の話、ある日のスーパー托鉢 1月6日2012年

●托鉢遍路№051 去年の話、ある日のスーパー托鉢 1月6日2012年

2011年11月18日のスーパーマーケットでの托鉢
4時から托鉢を始めた。少しパラパラと雨が降っている。上着だけカッパを着て、頭は菅笠である。私は勤行を何度もあげ、般若心経の連続読誦をした。
一時間ほどは喜捨はまったくなかった。
毎度のことだけど、その間、今日はダメなんじゃないかと不安がつのる。
最初の喜捨は小学校低学年だと思われる女の子三人組、子供だけで買い物に来たらしい、椀にパラパラと喜捨を入れてくれた。
目の前の障害者用の駐車スペースに軽乗用車が停まった。
今まで、スーパーの入口近くの障害者スペースに、一見健常者に見える人が車を停めるのを多く見てきた。
まず運転席側のドアが開いた。ガタゴトして車椅子がドアの外に出された。やがて運転していた男の人が車椅子に乗り移る、そして義足を付け店内に向かった。
しばらくして私の前に車が進入してきた。障害者駐車スペースと私の間だ。そしてそこに駐車した。
そこはスーパー入口への通路である。非常識だと思うが、そんなことや障害者スペースに健常者が駐車するのは何処のスーパーでも行われていることだ。
車から母親が降りる、車の助手席には子供が座席を倒して仰向けに寝ている。どうも障害があるようである。
そんな二台の車が並び、私はここにつったって托鉢をしている。健常者の私が喜捨を期待しつったっている。
さっきの車椅子の人が買い物をすませ、私の側にきて「これから寒くなるのに大変だな」と喜捨してくれる。
その人が車に乗る、座席に腰掛けると乗っていた車椅子をたたんで、自分の体の上に車椅子をのせながら、助手席側に車椅子を持って行った。
小学生になるかならないかの子供二人、一人づつが五百円玉を持ち、母親に教えられた「ごくろうさんです」と言いながら椀に喜捨してくれる。
こちらに向かってくる人を見ると、毎度つい喜捨してくれのか思ってしまう。後ろからの足音にさえ私に向かってくる思っている。
般若心経を唱えながら、頭脳はそんなことを思っている。イメージするなら菩薩の姿なんだろうけど、私の読経は、まだ煩悩だらけである。
私の目の先、向こうに去っていく女性、立ち止まりこちらに進んで来る。そして少しですがと断り椀に喜捨を入れてくれる。
私に対して手を合わせてくれる人もいて恐縮するばかりである。喜捨が集まってくれば感激し、喜捨される私は修行せねばと思うのだが、托鉢を終わりそのスーパーで買い物をする時には、そんなことは忘れている。その後も日常に流される日々である。
この日も4時から6時までの二時間托鉢した。後半の暗くなってから喜捨が続き、思う以上の喜捨が集まり心ウキウキになった煩悩が抜けない私である。
(徳島県石井町 スーパーセブン石井店)
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:38 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№050 去年の話、辛く甘く昨日今日托鉢修行 1月6日2012年

托鉢遍路№050 去年の話、辛く甘く昨日今日托鉢修行 1月6日2012年

2011年10月24日辛く甘く昨日今日托鉢修行
(23日)辛く甘く昨日今日托鉢修行門付けは午前中にすることになっている。私は午前9時過ぎから2時間ほど、家家の玄関を廻り托鉢をしている。
昨日、門付けを始めてまだ喜捨を頂いていない時に、ある家で呼び鈴を押し「托鉢修行している遍路です。玄関前でお経を唱げさせて下さい」と口上を述べた。家の中から返事がないので、そのまま、門を出て隣の家に向かおうとした。
そこに、玄関の扉が開き、おばさんが出てきて、仏壇で拝んでくれということに成った。
座敷に上がり仏壇の前で読経するなんて、始めての事だし私は喜んで家に上げてもらった。
ところがである。仏壇の前に私を座らせ、おばさんの身の上話が始まった。ようやく話をさえぎり勤行をした。その後も納経帳や掛け軸の披露があり、帰らしてもらえない。
私も喜捨の期待があり、強く拒否出来ずに話を聞くばかりであった。家は呉で海運の仕事していて、皇室の血も流れていて、良い暮らしをしていた。呉で知り合った旦那と結婚しこの部落に着た。旦那は電気関係の技師として製紙会社で働き、おばさんは地域で一つの病院で看護婦として働いた。
なかなか帰してもらえず、そのうち昼前、11時半になってしまっていた。それで本日の門付けは諦めた。持参の弁当を台所で食べさしてもらった。弁当と言ってもご飯におにぎりの基を混ぜただけのものだ。ちょうど残っていた里芋の煮物をご馳走に成った。
本当にお暇の段になって。おばさんは話しだした。「お金は無いのよ、娘が管理していて、百円でもあげられれば良いのだけど・・・」
私は、実のところお金が欲しくて托鉢しているのであるので、憤懣であったが、そんな気配を出さぬように、早々とおいとました。

(24日)本日、三島の街中から離れ、高速道路のある山側の住宅地を托鉢していた。家が途切れ、畑を横断したり、坂を下
り別の筋に進んだりしたが、何度も断れられるばかりであった。幾度も根気が失せかけたが托鉢を続けた。
あるお宅、30代位の男性が植木の手入れをしていた。ダメもとで、お経を詠ませてください、というと、直ぐに「どうぞお願いします」と言ってくれる。
読経が終わると、母君があらわれ、ポチ袋(大阪ではこう言う、お年玉などで使う小さな祝儀袋)と暖かい甘酒を頂いた。今日始めての喜捨、ルンルン気分になる、お初出ましたと心の中で何度も叫んだ。
袋の中を確かめたかったが、そのまま次の家にニヤケた顔で向かった。二番はなかなか出ない、家が途切れた所で休憩にした。そして百円玉が何枚か入っているかと予想しながらポチ袋を開けると、果たして五百円玉が二枚入っていた。
托鉢では百円玉一枚を貰うことが多い。今日は托鉢を受けてくれた家は一軒であった。断り続けられると、めげてくる、それでも托鉢を続けて行くと、悪い言い方だが仲間で良く使う言い方、「当たりがある」。 (B
予定としては昼まで托鉢を続けるつもりであったが、応分の喜捨があったので、寝る場所の確保のために先を急ぐことにした。

別格の椿堂で読経が終わり、荷作りしていると、白衣ではない男の人がお参りにこられた。その人と少し会話をして、私は先に出発した。
後ろから乗用車で来た先ほどの男性が「うどんでも食べて下さい」と千円札を差し出してきた。もちろん遠慮しながらも受け取った。
何も期待していない所で現れてきた幸福である。
何度か、托鉢のうまく行かなかった次の日に多くの喜捨を受けたり、その逆もあった。
嘆くな世間は冷たくないぞ!調子にのるな知足しろ!と言われているような気がしている。
我欲を捨てられず、自分の生活を守ることが一番の私である。
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:36 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№049 去年の話、修行だと思った 1月6日2012年

●托鉢遍路№049 去年の話、修行だと思った 1月6日2012年
●去年の話として3編の話を送ります。携帯からは送れなかった話です。ポメラに入力していたもので、インターネット喫茶から送ります。●
2011年10月17日のスーパーマーケット托鉢。
修行だと思った。門付けしても一軒の家からも喜捨がなかっのである。昨晩のスーパーマーケットの幸運に頭にのるなとの警告なのか?
最も田圃が一面に広がる周辺の住宅で、農家も多く最後の稲の刈り取りに忙しいのかも知れない。
一昨日、やろうと思いながら托鉢出来ず。昨日は午前中に、門付けをやろうと何度も思うのだがやり始めることが出来なかった。気持ちはどんどん落ち込んでくる。
そして、その夜、丹波のスーパーの前で托鉢をするが、なかなか喜捨がなかった。米が終わったし、汁を作る濃縮つゆも野菜も無くなっていた、せめて米だけでも買いたいと思っていた。それでも4時から始めて6時前にはやっと820円にはなり、なんとか所持金を足して米を買うことができた。
外はもう暗く成っている。荷を整理していると、そこに女性がやってきて「遅くなって御免、細かいのなかったの」と500玉を手渡してくれた。わざわざ買い物の後に寄ってくれたらしい。
2時間立ち続け820円、托鉢やめて帰り支度しているときに突然500円が現れた。その女性に手を合わせた。さっそく濃縮つゆとおかずを買いたした。
スーパーを後にしようとしていると、おばあさんが「お金があれば百円でもあげるのだけど」と声をかけてきた。お金がない、安売りの弁当を買いにきた。
そして「寝る所がないというので男を軒下に寝かしたら、仕事がないとずっと居着かれた」と話し出した。
そんな話をしながら二人で暗い道を歩いて行くと、おばあさんが買ってきた二つの弁当の内、一つを私に食べなさいと言い出した。たぶん清貧の中の弁当なので私は遠慮したが、結局受け取った。
全く、その日の気分は有り難い事には違いないが、私にそれを受けるだけのものがあるのか、複雑な気分であった。暗くなった道を、寝床の公園に急いだ。
私の門付けのやり方を書いてみる。玄関前のブザーを押して「托鉢修行している遍路です」と声をかける。殆どの家が音沙汰なしである。扉が開いていて人気があっても返答なしが多い。返答がなければ、そのまま経を唱えずに次の家に行く。しかし玄関に出てくるまでしばらく時間がかかる人も多いので、その見極めが難しい。私が次の家に移ってから、その家の玄関が開くこと何度のあった。
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:33 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№048 キャンプ場連泊 1月5日2012年

●托鉢遍路№048 キャンプ場連泊 1月5日2012年

二日間、高知市海岸沿いの種岬千松公園に泊まった。ここはキャンプ場になっていて一週間以内ならテントを無料で張れる。この公園は32番から33番の遍路道沿いあり、遍路道沿いの唯一のキャンプ場である。
橋を渡ると桂浜に行ける。夏は海水浴場になる。炊事場があり薪を燃やすことができるし、洗濯も大っぴらにすることができる。

以前、ここには定住して托鉢等で生活していた人達がいた。テントをシートで囲い立派なテント村になっていた。その当時の立派なテント村はなくなっている。

今朝は、テントが私を含めて五棟建っていた。そのうち三棟は、テントを固定しフライシートを張ったていた。その人たちは自転車を持っていて、托鉢で生活している。

隣のテントの人の話によると、役所の人が来てどくように言われるが「行くところが無いので暖かくなるまで待ってくれ」と言ってテントを張りつづけているそうである。
冬の間は、暖かいここに居ることを私にも勧めてくれた。

この松林は風があまり吹き抜けなくて暖かい。地元の人も内陸は山から冷たい風が吹き下ろすので寒いと言っている。
早朝、大気の冷たさに震えているとき、海水に手を入れると温かい、そのまま海に飛び込んでしまいたいほどだ。

高知城近くで行われる日曜市で托鉢して見たいので市街地に戻ることにした。
のんびりと歩いて戻ります。
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:28 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№047 お年玉もらった 1月4日2012年

●托鉢遍路№047 お年玉もらった 1月4日2012年

托鉢が思うようにいかないと気分が落ち込んでくる。
12月30日スーパーが三つ並んでいる赤岡のマルナカで托鉢を断わられてから、スーパーの托鉢も門付けも取り組め無かった。
疑心暗鬼になって、どうせ駄目だろうと思い、托鉢をあきらめてしまっていた。

昨日の朝、32番禅師峰寺から三里に向けて門付けを始めた時にもあまり良い心持ちではなかった。
30分位で二軒から喜捨を受けた。その後に、千円の喜捨を受けた。そのとたん私の気分は晴れやかになった。前途揚々と各家の玄関で口上を述べ門付けを続けた。
この日、五百円や千円の喜捨もあり、そうやって喜捨が集まってくると、益々やる気が出てくる。
悲しいかな私の精神は金に支配されているのであった。
この時には、いつもの三倍程の喜捨が集まった。

そしてその晩は、三里のスーパー前で托鉢した。風が強く、いつもは足元のザックの上に置いておく椀を手で持って読経した。
寒さの中、哀れみを乞ったのか千円の喜捨もあり、温かい飲物の差し入れもあった。
いつもは二時間立つのだが、風がきついし充分の喜捨が集まったので一時間で托鉢を終えた。

昨日の托鉢は、お孫さんにお年玉あげた感覚が残っていて、私にもお年玉として喜捨してくれたのかも知れない。
元旦には、晴がましいよき日に托鉢に行っても嫌われるし、と気後れして托鉢できなかった。市内の高級住宅地は確認しておいたんですが!
ありがたや托鉢の身にもお年玉
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:25 | 托鉢遍路 | Comments(0)

托鉢遍路№046 あけまして めでたくはなく 歩きはじめる 1月3日2012年

●托鉢遍路№046 あけまして めでたくはなく 歩きはじめる 1月3日2012年

あけまして めでたくはなく 年明け三日となりにけり

めでたさは ひなたぼっこの ひのにくみ

テント建て ジッパー閉めれば わが家

寒風に 逃げるとこなし 歩き続ける

雨なくて 野宿によろしい 冬銀河

橋の下 馬鹿が身にしむ 夜明けまえ

地球にねれば冬の鼓動


●と言うことで
高知城で一泊しましたが、托鉢したかった日曜市も初市が8日なので、先へと歩き出しました。

昨日、31番竹林寺を打ちました。「新春お福わけ」と称して、特設舞台から何やらまいていました。
そんなこともあり、本堂参拝に長い行列ができていました。
ごった返して本尊前で勤行できないので、本堂の外で勤行しました。

以下、竹林寺で掲示していたお大師さんのことば

禿(かむろ)なる樹、定(さだ)んで禿なるにあらず、春に遭うときは、すなわち栄え華さく。

でも私の頭には春はこないでしょう。
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by henroseikatu | 2012-01-21 22:23 | 托鉢遍路 | Comments(0)