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托鉢遍路№094 雨あがる 2月29日2012年

托鉢遍路№094 雨あがる 2月29日2012年

今、久万高原町の笛が滝公園にいる。ため池の水面にある大きな東屋の下にテントを張って、くつろいでいる。
雪の心配ばかりしていたが、雨である。朝4時半、冷え込みもきつくないから雪にはならないのではないか。昨晩地元の人が「もう真冬じゃないから、降ってもみぞれ位で通行に心配はない」と言っていた。

雨の中歩いて温泉入りに行くか、迷う。隣に図書館あるので、そこで一日過ごすのも可。思案中。

一昨晩は国道380号線の小田休憩所に寝た。ここはトイレはなかったが水道があるので良かった。
昨日は雨になると言うので先を急いだ。結局夕方までには久万に着いて、スーパーで托鉢していたら雨が降りだした。托鉢はまた菩薩さんが来てくれてありがたかった。


テント片付けてたら、もう7時半になる、太陽でてきたぞ!
今日はよい天気になりそうだ。
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by henroseikatu | 2012-02-29 07:32 | 托鉢遍路

托鉢遍路№093 大瀬での托鉢 2月28日2012年

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托鉢遍路№093 大瀬での托鉢 2月28日2012年

2月27日、昨晩は、道の駅内子フレッシュパークからり、の東屋にテントを張って寝た。

国道56号線を離れ国道379号線で久万高原を目指す。
歩き出して一時間ほど経っていたか、前方から遍路さんがきた。黒っぽい服装で最初は分からなかったが、金剛杖を持っていた。
久万の方から来たから、久万高原の話を聞きたかったが、彼は久万高原には行っていなかった。これから内子まで戻り、国道56号線で松山に行くという。
膝下まである黒っぽいコートを着て、黒い毛糸の帽子。ほとんどふくらんでいないワンデイバック、その後ろにぶら下がっている冬用ではない寝袋。
遍路らしいものは金剛杖と首にかけてある輪袈裟である。。
とても軽装で寝袋も夏用だったかも知れない。彼は托鉢しながらお堂や無料宿泊所で寝ているらしい。

国道沿いに歩いて行くと、野山が途切れ民家が連なって町になっている所が、飛び飛びにある。
その町の一つ大瀬の町で托鉢することにした。
大瀬の遍路道沿いはきれいに整備されている、一画がある。昔の米蔵を保存してあったり、通り沿いの商店は古い木造の造りにしてある。自販機も木で囲っている。
そして茶堂も二ヵ所はある。茶堂は正面に仏壇がある周囲の壁のない吹き抜けのお堂です。かっては遍路の接待にも使われていたそうです。
それよりも、ここ大瀬は大江健三郎生誕の地として有名で、実家は弟さんが継いでいて、大江の表札が出ています。
私は小説を全く読んでいませんが、周囲に小説の題材になった所があるそうです。

その街道一の文化香る町並みの中で、古い形の托鉢を試みることにする。
国道379号線を東に歩いてきた。国道の北側に小田川が流れていて、川を挟んで旧道の町並みがある。新成屋橋手前から托鉢を始めた。
各家屋の玄関で、いきなりお経を上げ、住民の方に自主的に玄関までお出でいただき、出きることなら喜捨を頂きたい。
10時半から街道の北側のお宅を順番に東に向かって托鉢する。
いつもは商売している家は躊躇するのだが、今日は美容院でも読経を始めた。しかし途中で気がついた「本日休業」の札が出ている。今日は月曜日、むだな読経であったか。
托鉢を始めて11軒目(今日はノートに正を書いてチェックしている)にして、読経の中途で扉が開き喜捨をいただく。私は読経を止め、ありがとうございますと頭を下げ、南無大師遍照金剛のご宝号をと三回唱え、退去した。
始めて私の主旨を理解してくれる住民にあった。大洲ではみんな読経が終るのを待っていてくれた。私は早く次の家へ行きたいのである。数をこなさないと生活できない。
大瀬郵便局の自動扉が開かない程度に扉に近づき、なるべく中から見えるよう左側により読経する。見えていなかったんでしょうか、誰もでてきてはくれない。
大江健三郎氏の実家の向にきた。犬が吠える私の気配を感じて吠える。少し離れてからも持鈴を鳴らすと吠える。
以前に話の種に大江家に托鉢をかけようとしたが、異常に吠える犬に追い帰えさせられた。今回通りの北側を遍路しているのには大江家を避けるためでもある。
それから酒屋、食料品店とかタクシー営業所でも読経したが、人影はなく喜捨はいただけなかった。
そして26軒目の文房具と靴の店で読経しているとご婦人が出てきて喜捨してくれた。
あっ町人発見、自動車整備店の人がいました。お経を上げさせて下さい、と私が言うと、店の男の人は「うちはいいです」と言った。

もう町並みも最後だしと思っていたら、時計を見ると12時15分になっていた。
それで大瀬では33軒で読経し、托鉢を終了した。

その後、小田の町を通りすぎ町外れの東屋でテントを張った。

◎大瀬門付け
10:30〜12:15 33軒訪問 内2軒 150円
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by henroseikatu | 2012-02-28 05:39 | 托鉢遍路

托鉢遍路№092 大洲最後に菩薩微笑む 2月27日2012年

托鉢遍路№092 大洲最後に菩薩微笑む 2月27日2012年

※古い話しです。前号№091の前のことです。
◎2月23日2012年◎
今日のスーパー托鉢は、予定と違って喜捨は少ない方だったけど、ずっと朗らかに立ち続け読経することができた。
昨日のスーパー托鉢で米を買ってあって余裕があった。そして朝からの雨も上がって久しぶりの太陽あびて気持ち良い一日であった。それで観光気分で街の様子をうかがっていた。
そんな愉しさで夜のスーパー托鉢を挙行した。

◎2月22日のこと◎
昨日、スーパー托鉢で喜捨があるまでは陰鬱であった。
国道56号線の札掛のポケットパークに泊まっていて、そこから坂を下りきった所で、雨も小降りになったので、門付けをしたが喜捨は全くなかった。
そのうち雨が激しくなったので、大洲の市街地に入る手前のスーパー・ショッパーズ大洲店に逃げこんだ。

周囲にラーメン店やコインランドリーがあり駐車場の大きな店である。店の軒下にベンチが置いてあったので、それに座って時間を過ごした。

やがて正午前になると入店する人が忙しくなった。それで私は托鉢しだした。しかしながら、全く喜捨がないまま人波は途絶えた。それで私は托鉢をやめた。

米が切れる、あと二食分しかない、金も切れている。貯金から千円下ろし、今朝の雨で濡れたテントをコインランドリーで乾かした。お菓子を買って食べた。
でも、それで25日に引き落とされる携帯電話使用料を使ったことになった。

午後3時40分からまた托鉢を始めた。なかなか入らない、6時前には百円玉が5枚位だったが、その後に少し入った。
いつもなら二時間で托鉢を止めるのだけれど、喜捨が大して集まっていないのでもう少し托鉢をすることにした。
すると6時半頃にパラパラと喜捨が入りだした。それで椀が重くなるほどだ。
結局、夜7時まで托鉢して二千七百円程になった。千円札を交えこの金額になったことはあるが、硬貨だけで、こんだけの金額になったのは始めてだ。ずっしりと重い。

◎2月23日のこと◎
昨日、遅くなってからの方が入ったので、今日は遅くまで托鉢するつもりでいる。
小規模なスーパーだ、ショッパーズ大洲三の丸店。レジが二列しかない、駐車場は20台分位しかない。地元のおばちゃんが、にぎやかに集い一人のおばちゃんが喜捨すれば、後から数人がつられて喜捨する、という可能性もあるかもしれないと、小規模なスーパーで托鉢することにした。

午後5時からスーパーの軒下に立った。この日、スーパーの目の前にある大洲市民会館で千昌夫・新沼謙治の公演があり6時開場を待っ人がスーパー付近にも集まりにぎやかであった。
結局6時までは公演を見に来た人の喜捨しかなかった。
それ以降、人はいなくなりポッリポッリと来店者が来るが喜捨してくれる人はいなかった。
まあ、それでも修行ですから、ずっと読経していた。
レジは一ヶ所だけ開いていて、というより店員は一人になっていた。
私の背後から来た人が、私が左手で持っている椀に、硬貨をまとめて入れてくれた。近くの郵便局の女性配達員だった。
結局、後半はこの女性の喜捨だけだった。

22日
◎門付け 10:30〜11:00 なし
◎ショッパーズ大洲 12:00〜12:35 なし
15:40〜19:00 2766円
23日
◎ショッパーズ大洲三の丸店 17:00〜18:00 420円
18:00〜19:00 600円
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by henroseikatu | 2012-02-27 17:51 | 托鉢遍路

托鉢遍路№091 大洲できすぎ托鉢 2月25日2012年

托鉢遍路№091 大洲できすぎ托鉢 2月25日2012年

今日で大洲三日目、ずっと托鉢してきたけど、上手くいっていなかった。「上手くいかない」というのは、集まった喜捨の額が常の標準より低いということだ。
でも今日は絶好調。門付けもスーパー托鉢も、予想以上、出来すぎです。

大洲での不好調の記録は書きかけで、まだ発表できない。先先になると記憶がおぼろげになるので、簡単に今日の絶好調の報告を先にします。

JR伊予大洲の駅裏にあたる肱川の堤防上に東屋があり、そこに昨晩は泊まった。
朝4時頃から雨が強く降り始めた。しかし8時過ぎには雨はほとんど止んでいた。
朝9時から旧街道を東に、内子に向けて門付けを始めた。
玄関でいきなり読経する方法では結果がなかなかでなかったので、今日は今までやっていたように、呼鈴を押して、確認してから読経するようにした。
いつもなら呼鈴を押しても、人が出てきてくれなくて、何軒も次から次へ無駄足がある。今日は三軒目に読経する許しがあった。
やはり、早めに読経させてもらうと気分が良い、そしてやる気が出てくる。

この辺りは東大洲で商店も少しあるが、農家と一般住宅が混在している。
住宅の玄関では呼鈴を押したが、商店ではいきなり読経を始めた。
食料品店ではお客と話していて迷惑だとも思ったが、読経が終ると店主は喜捨してくれた。電気屋でも同じように読経が終わるのを待ってくれて喜捨してくれた。果物屋では誰も出てきてくれなかった。
始めて商店での托鉢の方法が分かった。

道が国道に合流したので、少し旧道を戻ってから、国道を横切り南の方へ向かった。この辺りは農地と住宅地が混在していた。
住宅地のある一軒のお宅、「托鉢修行している遍路ですお経を上げさせてください」というと、玄関を開けて「お願いします」と若いお母さんが言った。
小学生低学年の子もいたのかな、小さなお子さんが4人いて、はしゃいでいて、読経する私を代わりばんこにのぞき見していた。
読経が終わり、紙に包んだ喜捨をいただいた。硬貨だと思って受け取ったのだけれど、気になって開いてみると千円札が入っていた。
百円程度のお礼しかしていなかったんじゃないだろうか。それにしてもお子さんに幾らでも金を使うだろうに、何処の馬の骨とも分からぬ遍路に、ありがたい本当にありがとうございます。

今日の門付けは、目一杯12時前までやることが出来た。最初の出足が良かったので、気持ちよくサクサクと次の家に行った。最後まで根気が続いた。まあ今日は特別、また明日は喜捨が集まらなくなる可能性の方が高い。


大洲に大きなショッピングセンター、オズメッセがあり、その基幹店に「A・コープおおず」がある。そこで托鉢をした。
前日、マルナカ大洲店で、あまり喜捨が集まらず残念な思いをした。
A・コープおおずでは土曜日でもあり、絶対的来店客人数が多いのではないのか?結果だけ以下に報告します。

2月24日
◎マルナカ大洲店 17:00〜19:00 920円
2月25日
◎門付け 東大洲、田中甲 9:00〜11:45 3111円
◎A・コープおおず 3:40〜4:40 4152円
6:30〜7:10 1933円
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by henroseikatu | 2012-02-26 00:44 | 托鉢遍路

托鉢遍路№090 四国へんろの旅 絵図・案内記と道標 2月22日2012年

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托鉢遍路№090 四国へんろの旅 絵図・案内記と道標 2月22日2012年

「四国へんろの旅 絵図・案内記と道標」という企画展が43番明石寺近くの愛媛県歴史文化博物館で4月8日まで行われています。
大人300円 65歳以上150円 納経帳見せると半額(初めての人は常設の四国遍路のコーナーも見てください)
展示構成
Ⅰアートで旅する四国へんろ
Ⅱ絵図・案内記で巡る四国へんろ
Ⅲ記録された四国へんろの姿
Ⅳへんろ道標ー伊予のへんろ道を歩くー

私が興味を持った点を以下あげます。
◎永井刀専 木版画「伊予の春」昭和初期の巡礼の姿を記録(この絵葉書が企画展出口で無料でもらえる)
◎絵図のコーナーは近づけず細かい所みえず残念。札所絵図は鶴亀寺、善通寺、岩屋寺が間近に見れ知っている札所と比べ興味をそそった。◎行き倒れ遍路の記録があり江戸、明治と公に処遇処理されたことが分かる。わが身の行く末を思う。
◎「伊予の春」、明治時代に宇佐八幡奉納された「四国遍路絵馬」によると、白装束は少なかったこと、笠に四句の偈など書かれていなかったのが分かる。
だから現在の典型的遍路姿は昔からのものではないのである。伝統的だと思っていたんですが。
◎明治42年刊行された写真集「四国遍路名勝記」のスライド上映がされていた。私は興味あったけど時間なく見れなかった。
◎この企画展の目玉は新発見土に埋もれていた「真念の道標」です、と担当の学芸員が申していました。私は時間がなくて良く見れなかった。
◎企画展の最後には、宮崎さんの「へんろみち保存協力会」のコーナーがある。古い同行二人の地図の展示され、実物の大宝寺への道標がある。
◎これも私はじっくり見れなかったけれど、企画展の出口で遍路道の鮮明で美しいビデオが流されている。

◎添付した写真は、企画展の案内と「伊予の春」の絵葉書
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by henroseikatu | 2012-02-22 08:25 | 托鉢遍路

托鉢遍路№089 昔の門付け 2月21日2012年

托鉢遍路��089 昔の門付け 2月21日2012年

2月20日、昨日から宇和町市街地に来ている、43番明石寺のある町だ。
今日、夕方4時にスーパー・ショッパーズ 宇和店で托鉢をしょうとした。すると、すでに遍路が立っていた。スーパーの入口に笠をかぶり直立している。隣に大きなザックが立てかけている。
それで私はスーパーに入り98円のクッキーを買い、来た道をもどった。あの人の方が重たい荷物しょって、私より大変だろうし、残念だが私は托鉢をあきらめるか、と一応は言っておく。
良かったのかしれない、あまり乗り気じゃないし、最近何が悪いのか托鉢に関してはふるわない。
なお、雪から逃れ籠城して、靴を濡らさないことには成功している。

宇和には大きなスーパーがもう一つ、フジヴェスタがある。昨日、宇和は天気予報で言う、ところによりのところになり、雪が風に舞った、一時は吹雪いた。そのため私は、午後からずっとフジに滞在し、二回も托鉢した。社員は何も言わなかったが、顔を覚えられているだろうな。
少しはフジで托鉢しょうと思っていたが、フジの前を通ると「本日、棚卸しにつき休業」であった。
今日は、守銭奴にならず明るいうちから、メールを打ちなさいということでしょうか?托鉢して米買って、おかず買ってと思っていたんですけど?
ではメールでも打ち込みましょう、書くべき題材はあるのです。

◎2月19日門付け
一昨晩は歯長峠から降りてきて川沿の歯長地蔵、四国のみちの休憩所に寝た。
昨日の朝、橋を渡り、肱川の左岸の山の中腹の道沿いの農家を托鉢した。地名は宇和町下川(ひとうがわ)
今回、以前書いた「托鉢渡世宇和島市」の門付けの方法ではなく、四国の人々が言っている、昔の托鉢の方法を実践してみる。
なお、今まで私が行ってきた托鉢の方法は、へんろみち保存協力会のガイドブックの影響を受けている。

その昔の托鉢の方法は、各家の門または玄関前で、持鈴をならし、お経を上げ、喜捨を受ければ、お経を途中でやめ、「南無大師遍照金剛」を三回唱え、そのまま退去する、方法だ。
そして、私が言う口上や、先祖供養や家族の健康、幸福祈願など言わない。というものだ。

車道から見ると南に面した山の中腹に家が連なっていた。川沿いの車道沿いには托鉢できそうな家が続いていなかった。それで坂を台車を押して上って行く。
坂の途中の家は入口に犬がいて、盛んに吠えるので遠慮した。
坂を上りきり、道から家の敷地に階段を上がる。
持鈴を二回ならす。開経偈、般若心経を唱え、さらに光明真言、御宝号(南無大師遍照金剛)回向と唱えて、礼をして退去する。
そうやって何軒か回った、いずれも人気はなく反応はなかった。

庭先から居室の前を通り玄関前で経を上げる。部屋の中で掃除機をかける音がする。
その家の中から反応がないまま、同じ敷地の別の家屋の玄関前で読経をする、その読経を終える。
すると先に読経した家の人から声がかかった。「お弁当つくるから、ここに座って待ってて」と言われる。
私はありがたく待つ。日が照ってきて、暑くなったので重ね着の衣服上下一枚ずつ、ここで脱がしてもらった
長い時間まった、わざわざ卵焼きを焼いてくれていた。
お弁当の他に、F3F6.gif、みかんまでいただいた。

それから何軒かの家を回り、ある家の玄関前で読経していた。
すると読経中に男の人が中から出てきてどこかに行った。何か言ってくれれば良いのに、経を止めるきっかけがなく、仕方なく最後の回向まで唱え、退去した。
その人の顔色が分かり、迷惑になっているならば直ぐに読経を止めるのだが、いきなりなので分からなかった。
経を唱える時、左手の片手合掌の先(右手は持鈴を掲げる)を半眼と言うのか薄目で見つめている、だから急にでは表情が読めない。

しばらく門付けしながら神社の前に行くと軽トラックが十何台か停まっていた。近くにいた人に聞くと「総出で伐採しているんだ」とのことである。
そう言えば今日は日曜日、総出でといっても女性は家に居ると思うのだが、女性は炊き出しをしていて、村の家には人は誰も居なかったりして。ハハハ 涙涙涙

表札はあるけれど人気が全くない家がある。そんな家々を巡り一軒一軒読経をする。
やっと人影発見、男の人が庭で釜を火にかけている。
さっそく、お経を上げさせてくださいと言い読経を始めた。
そして、まるめたお餅を二ついただいた。できたてだったので一つはその場でいただいた。

やがて家並みが途絶え、あとは車道へ戻らなければならない角地のお宅に来た。
この辺は農家で敷地に何棟もの家屋があり、表札を掲げる家屋も数軒あったりする。
適当な家屋を見繕って読経を始める。
般若心経の後半を読経していると、別の家屋から人が出てきた気はい、でもそのまま最後の回向まで続けた。
そして女性から現金の喜捨を受けた、結局この地域で只、一回の現金喜捨になった。
ここの家の女性と話をすると、やはり昔は読経をいきなりしていたと話してくれた、「今は人がいない家が多いから」とその女性はいきなり読経する人は少ないように話していた。

そのあと、坂を下りながら車道まで門付けしたが玄関での受け答えなど何もなかった。
そして車道を宇和町市街地へ向かった。

◎2月20日門付け
ちょうどJR卯之町駅の裏に当たる。肱川右岸の山裾にある宇和運動公園に寝ていた。
公園に台車を置いて、公園につながる卯之町を北へ車道に面した住宅街を托鉢する。昨日の農村地帯と違い、小さな区画に住宅が連なっている。
昨日は般若心経の後に御宝号や回向まで唱えたが、それらを省き開経偈、般若心経だけを唱える。
次々に家々の玄関にたち、読経する。読経する速度はいつもより早い、ぞんざいな気もするが数をこなさないと結果が出ない。隣家へ歩行も早くなる。
家がなくなるので山沿いに入った筋を托鉢していく。
ある家で、読経のスピードが早すぎるなと感じながら、どうせ喜捨はないと思いならが般若心経を終えた。
すると玄関の中から男の人か出てきた。
私は、さんや袋の口を開き喜捨をうけとった。そして、ありがとうございましたと言い、その後に、ご宝号を唱え、そこくさと退去した。

住宅地の外れに来たが、住居が山側に続いている、神領と言う地域だ。
何の反応もなく数軒のお宅で読経。
あっ村人発見。声をかけ、許可を受け、玄関から中に向かって読経する。
御宝号や回向まで唱えた。そのごに喜捨を受けた。
回りには「ひがしやま」が干してあった。農作業をしていたその女性はこの辺りはみんな神道だと言われた。
地区名が神領だからな、押しうりだったか、それから残る何軒かは般若心経冒頭の仏説を除いて唱えた。
神領から下り公園の方へ卯之町の住宅の山側の道を托鉢する。太陽が当たり気持ちよくなる、余裕が出てきて、読経のスピードが少し遅くなり、終わってから丁寧に礼をするようになった。

呼鈴押して断られ、次々に隣家に行き、全く読経できないと、つまらないものだ。
各家で読経できて良いことは良い。

その後に一軒だけ喜捨があった。この家でも、読経が終わってから玄関が開き、無言のまま女性が喜捨してくれた。
私もご宝号を三回唱え、女性の顔を見ないまま退去した。

2月19日
下川門付け
8:50〜11:00 200円(一人)、餅二個、弁当バナナみかん。
フジベスタ托鉢
13:15〜14:15 1077円
16:20〜18:00 527円
2月20日
門付け
卯之町、神領
9:50〜10:50 2軒 400円
卯之町
11:10〜11:50 1軒 200円
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by henroseikatu | 2012-02-21 23:23 | 托鉢遍路

托鉢遍路№088 托鉢渡世 宇和島市 宇和島③ 2月18日2012年

托鉢遍路№088 托鉢渡世 宇和島市 宇和島③ 2月18日2012年

沈んで浮いて托鉢渡世 宇和島市 宇和島③

2月14日、昨晩はスーパーの托鉢を終え、宇和島駅前の公園で米を炊いて夕食を終えた。その頃には雨は上がっていたので、海沿いの道の駅きさいな広場に行った。そこのドームの下にテントを張って寝た。
そして今朝、少し雨が降っていたが、また駅の方まで戻り、遍路道を門付けしょうと思いながら進んだ。しかし門付けができないままだった。昨日の門付けが上手くいかなかったので気が弱くなっていて最初の一軒目を訪問できない。
そのうち雨が強くなってきて門付けができなくなった。

それで、雨宿りで避難したスーパーフジで托鉢することにした。前から夕方に劣らず昼間の人出は多いと思っていて、一度昼間にスーパーで托鉢してみたいと思っていた。
11時近くから始めた。頑張ってくださいと青年から喜捨があった。警備員が回ってくるが私の托鉢には何も言わなかった。まあまあの感触の喜捨があり、気が落ち着いた。食パンと揚げ物を買ってきた。スーパーの玄関内の椅子で、パンにキャベツと揚げ物を挟み、マヨネーズをかけながら昼食とした。

雨はやんだりはしたが、また降ってくる。一日スーパーで雨宿りすることにして、携帯電話でメールしたり、店内の書店で立ち読みしたりして時間を過ごした。

そして夕方から同じスーパーの同じ場所で托鉢をする。昼の時はあめが降っていて、玄関の軒下に入り台車の上に喜捨を受ける椀を置いていた。
今度は警備員が巡回していることもあり、遠慮して台車は駐輪場に置き、椀を左手で持った。そして雨も止んでいるので、軒下から少し離れ托鉢を始めた。
女子高生が喜捨してくれた。
ここのスーパーにはゲームコーナーがあり、そこに集まる若者を警戒して警備員が巡回しているのかも知れない。

東南アジア系の小柄な女性たちが来て百円玉をいくつも椀に入れてくれて直ぐに立ち去っていった。
いつものスーパーでの手応えが出てきた。昨日のしんばしのようすで愛媛県は托鉢で喜捨が集まらないのではないかと思ってしまっていた。
◎フジ北宇和島店 10:50〜12:20 1137円
16:20〜17:55 2532円
◎以上、「沈んで浮いて托鉢渡世 宇和島市」終わり
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by henroseikatu | 2012-02-18 10:41 | 托鉢遍路

托鉢遍路№087 托鉢渡世 宇和島市 宇和島② 2月18日2012年

托鉢遍路№087 托鉢渡世 宇和島市 宇和島② 2月18日2012年

沈んで浮いて托鉢渡世 宇和島市 宇和島②

2月13日、昨晩は天赦園公園の露天にテントを張って寝た。朝方から雨が降りだす。
あまり冷え込んでいないし、小雨だったので9時過ぎから托鉢を始めた。
国道から宇和島の遍路道に入る。昔の街道だった所だろう、道幅が狭く車が交差するのに苦労している。
玄関ドアの高さが高い新しい住宅と、古い木造住宅が混在している。
呼鈴を押して口上をべるのだが、反応を得られない。
最初の喜捨は、仕事している魚屋さんだ。それから、通りは車が邪魔で音も大きいので裏道に入った。
どうも今日は、冷たい人ばかしに感じた。断るにしても、何をしに来たのだと不審な目で見つめた男の人が数人いた。
口上の意味、托鉢が何なのかを理解できないようでもあった。

結局、途中から雨が激しくなって来たので、約1時間ばかりで門付けをあきらめた。喜捨は二軒300円であった。

私がガックリして、歩いていると前方から傘をさしながら托鉢している人が来た。

私は、もうこの雨であきらめたよ、と声をかけた。
その人は、「気をつけてね」と忙しげに言い、いきよいよく去って行った。

◎宇和島門付け 午前中一時間弱 300円


2月13日夕方、宇和島駅近くの「しんばし」で托鉢をした。雨は小降りで、出入口は一ヶ所である。頭上に雨避けのシートがあり、雨の心配はない。
よい托鉢ができた。修行になった。喜捨がなく耐える読経であった。絶えず声を出しているので腹が空いてくる。
そういえば今日は米を炊く、機会がなく、菓子パン一つ食べただけだった。
結局、今晩は4時から6時まで托鉢して一人の人が百円の喜捨をしてくれただけだった。

スーパー前托鉢の最低記録と言いたい所だが、実は昨日は別の「しんばし」で1時間ばかし托鉢して5円の喜捨があった。

駅前の「しんばし」は昼時に下見にきたが、夕方より多くの人が出入口していた。その時に托鉢した方が良かったかも知れない。
良いときがあり、悪いときもあり凸凹あって素敵な人生。
◎駅前しんばし 16:00〜18:00 100円
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by henroseikatu | 2012-02-18 10:21 | 托鉢遍路

托鉢遍路№086 托鉢渡世 宇和島市 宇和島① 2月18日2012年

托鉢遍路№086 托鉢渡世 宇和島市 宇和島① 2月18日2012年

沈んで浮いて托鉢渡世 宇和島市 宇和島①

2月12日、午前中、祝森で托鉢して国道56号線で宇和島の市街地に入る。
宇和島警察署先の並松のネットカフェ、タイムマーケットに入る。ネットカフェには行きたかったのだが資金の余裕がなかった。しかし祝森の托鉢で予想外の喜捨があり、すんなりとネットカフェに入った。ネットカフェで夜の6時半までブログへの投稿等をしていた。
そのあとすぐに警察署の前にある、前もって様子を見ていた、スーパーしんばし南店で托鉢をする。本来ならもっと早くやりはじめたかったが、ネットカフェに6時間もいたため、6時40分から托鉢を始めることになった。
このスーパーしんばしは総合スーパーで衣料品もあり、二階には百円ショップダイソーが入っていた。
屋上駐車場から入る人もいるが、一階の入口は一つで托鉢しやすいスーパーである。
私が入口にたち読経をする時分には昼間みていた屋台は一軒は締め、もう一軒は戸締りをしているところだった。

読経を始めた。人通りがある程度ある。一階の駐車場に車を停め、駆け足でスーパーに入る人が多い。
喜捨してくれる人はいない、結局、五円玉一枚だけの喜捨だった。

◎しんばし南店 18:40〜19:40 5円
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by henroseikatu | 2012-02-18 10:10 | 托鉢遍路

托鉢遍路№085 托鉢渡世 宇和島市 祝森 2月18日2012年 

托鉢遍路№085 托鉢渡世 宇和島市 祝森 2月18日2012年

沈んで浮いて托鉢渡世 宇和島市 祝森

2月12日、昨晩は津島の外れにある、やすらぎの里熱田温泉には入らず、その駐車場にあるバス待合所にテントを張って泊まった。ここは夜間便所が閉まっていて不便である。道の駅ではないので仕方ないのかもしれないが、夜間も駐車に来る車が多い
国道56号線の松尾トンネルを抜けると下り坂になり、坂が終わると脇道が国道に沿ってあり十何軒かの住宅が連なっていた祝森という目出度い地名である。
門付けは軒数が少なければ、喜捨が全く無いこともある。その時の落ち込みがあるから、家が少なければ托鉢をしないことにしている。
そして昨日の読経中断があり、気乗りしなかった。しかし所持金がわずかだったので托鉢することにした。

多くの家が私の口上に答えてくれた。いつもは無反応の家が続くのだが、返事してくれる。もちろん断りの返事もある。その時に私は「ありがとうございました、おじゃましまし」と声を出して言う。
同じことを留守かもしれない無反応の家に向かって言っても面白くない、顔が見えないとしても相手があり、その人に対して言っていれば満足感が漂うではないか、ワクワクするではないか。

そして祝森で托鉢を受けてくれた家はどこも玄関の扉を大きく開けてくれた、座って読経を聞いてくれた人もいた。
現金の他にお菓子をくれた家が二軒、あとみかんをくれた家もあった。
そして千円の現金の喜捨が二軒あった。こんな小さな集落で千円が二軒もあるとは驚きである。
何事も分からないものである、予想ではそんなに集まらないと思って、祝森で托鉢することに躊躇していたのに、過分の喜捨を受けてしまった。

全く現金なものである。手元に現金があると愉しくなり先に希望が出てきて、良い方向にばかり物事を考える。
昨日の読経中断で落ち込んでいたのが、すっかり嘘のようである。
◎祝森門付け 午前中一時間弱 3000円
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by henroseikatu | 2012-02-18 08:08 | 托鉢遍路