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45km歩行 菩薩に会う

2012年6月29日(金) 歩いて四国へ9日目

昨晩は兵庫県赤穂市の廃業したドライブインよろいで野宿した。朝8時に船坂峠を越して岡山県に突入した。
太陽輝き真夏の日射し、それにめげず今日は昼寝なし、歩きに歩いた。

午後5時からYoumetownで托鉢、始めてまもなく二人連れのご婦人が、それぞれ喜捨してくれる。その後に男の人が千円の喜捨をしてくれる。
この3日間は托鉢で食パンしか買えなかった。それで期待していなかった処に大きな喜捨があり、とたんに嬉しくなった。そして米が食いたい弁当を買おう、洗濯石鹸も買えるぞ、と思った。
読経しながら心の中でそんなこと思いながら、涙が出てきた。なんて卑しい私であろうか、喜捨に一喜一憂するなど・・・
私のすぐ隣の駐車スペースに停まった乗用車から降りてきた女性が喜捨してくれる。そのすぐ後に、孫のために祈って下さいと言い再び喜捨してくれる。
私は大阪から来て四国に渡るんですと言った。彼女は私の話には無関心であった。私は自己紹介などすべきではなかったと思った。遠距離を歩いているとの自慢話になっている。
托鉢と喜捨の間には何の作為もあってはいけないのだ。
そのスーパーで托鉢を終え、半額の弁当を食べた。それから岡山市街を目指して歩いた。

また道沿いにスーパーがあり、そこで托鉢を始めた。閉店午後9時のスーパーで7時50分から托鉢を始めた。一人だけ喜捨してくれて、こんなもんだろうな?調子にのって托鉢してもダメだなと思った。1時間たたないけど早めに終えようと思っていた。
8時30分頃に女性が喜捨してくれて、私も遍路しているんですよ、と言われる。それで私も歩いて四国に行くことを話す。
彼女は70代、毎年野宿遍路している。小屋泊まりの野宿だけど。十何回回っている。大師宿泊地2??ヶ所を廻るんです。納経帳は持っているけど納経していない、自慢するようで。それぞれの人の心の中の問題でしょう。家などを引き払い四国を一年中歩いている人が10人位いる、と話した。
彼女は何か買いましょうかと言われるが、私は自分で買いますと断った。
私が品物を買いレジに行くと彼女が私の代金を払ってくれて、さらに彼女が買ったお菓子等をいただいた。
ひょんな処で遍路話ができた。彼女も野宿なので職業遍路のことも知っているようで話がよく合った。「こんど四国で会えたら良いね」と言い合って別れた。

外灯が少なく薄暗い歩道を当てはないけど、岡山市街地を目指し進んだ。公園でもあればとも思ったが、国道沿いには見つからない。
それで電灯が点いているバス停に泊まることにした。三方硝子張りで長椅子が置いてある。すでに終バスは出ている。
今日は朝6時から夜10時前まで歩いた。前に平均一日に18km歩いたと書いた。今日は特別で極暑のなか約45kmも歩いた。大阪からは164.2km歩いた事になる。まあ今日は特別、暑さに追われ砂漠でミイラに成りたくない一心で前に進んでいました。
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by henroseikatu | 2012-06-30 06:29 | 托鉢遍路 | Comments(0)

道に迷よって釈迦に会う

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2012年6月27日(水) 歩いて四国へ7日目

姫路市街地を抜けたところで倉庫の軒下で寝ていた。朝になり国道2号線を下っていくと2号線はバイパスになり人は通れなくなった。
その時、私はもと来た道を戻り、途中で曲がって2号線に戻ろうと進んだ。公園で休憩していた時、おばさんに2号線には行かれない、方向が違うと言われた。それで、またバイパスまで戻ることにした。
結局、途中でコンビニで道路地図を見てバイパスの所を直進すれば、また2号線と合流するのが分かった。旧2号線に別の番号が付けられていて迷ってしまった。

ずいぶんな回り道になってしまった。地図さえ持っていれば良かったのだが、2号線の載っている地図は四国に行けばあるし、新しく買う気はない。
でも、予定外の道を歩いて、興味ある立派な仏像に出会った。
鋳造の釈迦如来座像が住宅の間に鎮座していた。(人の背丈ほどの石像の地蔵には出くわすことがある。)
指の表情が大胆で通常の仏師が造るものとは違っていた。
JR余部駅近くにあり飾西釈迦堂と呼ばれていて、書写山に奉納されていたものが墓地の移転により現場所に安直されたと言う。

その晩、相生の道の駅海の駅近くのスーパーで托鉢、なんとかその日の糧を得た。久しぶりに身体を拭き、洗濯をした。

大阪から尾道までおよそ250キロメートル、相生まで約110キロメートル。
一日約18キロメートルしか歩いていないことになる。以前歩いたときは8日で尾道に着いた。
今回はゆっくりですね、前回は暗くなってからも歩いてたのかな?
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by henroseikatu | 2012-06-28 06:41 | 托鉢遍路 | Comments(0)

会話できたスーパー托鉢

2012年6月25日(月) 歩いて四国へ5日目

舞子公園の東屋から歩きだそうとすると、雨がまた降りだした。雨は上がったものだと思っていたので雨養生をしていなかった。
荷物に雨カバーをするのに手間取り時間がかかった。

それから、長いスロープを引き台車を引いて、舞子駅がある構内に上がった。
電車からバス停への通路上、電車が着くごとに通勤客が波となる。
私は通路の門に立ち托鉢を始めた、午前8時になっていた。
そのうち、通勤時間も過ぎて人波がなくなってきた。
この頃、托鉢は一時間することにしている。その終わる五分前に「接待しますよ」と女性が声をかけてお金を喜捨してくれた。その女性は四国は善通寺の出身だそうで、私は歩いて四国へ行き遍路をすることを話した。
久しぶりに声をかけられ、私も話をできて気が晴れた。一時間托鉢して雨は上っていた。

その後、国道2号線を西行する。明石の街中を歩いていると何か声がしている。私に対して「接待しますよ」と後ろから声をかけてくれていた。
その私よりは高齢の男性は「私も遍路してるんですけど、今は行けなくて」と千円札を接待してくれる。
なんか四国と同じですね、私は嬉しくなった。

また国道を歩いて夕方にスーパーを見つけた。そのスーパーで欲しかった丈夫な、適当な価格のサンダルを見つけた。
スーパーの裏口の駐車場前の歩道の上で16時45分から托鉢を始めた。大阪では、寺の近くや街角で托鉢はしたが、ついにスーパー前では立つことはなかった。四国と違い喜捨を望めないと思っていたからだ。
女性が「どこの宗派ですか」と聞いてくる。それに私は答え四国へ歩いて行くことを言った。
自転車に乗ったまま私の前に自転車を横につけ小銭しかないけれど、と喜捨してくれる男性。
小学生の女の子、後ろの母親を見ながら喜捨してくれる。
私と合わして般若心経をとなえてくれるおじさん、高野山金剛峯寺の勤行をそらんじている。そのおじさんの読経をありがたく聴かしてもらった。
私に合掌して、頑張って下さいとか、ごくろうさんと言っくれる人もあった。
四国から大阪に戻ってから、始めて「気持ちよい托鉢」ができた。私の読経も調子にのって良い声がだせた。
おざなりの挨拶だけではなくコミニケーションが取れたのが嬉しい。小学生の喜捨も将来に期待してしまう、また托鉢に会ったら喜捨してください。

托鉢喜捨についての論考は別の機会に回すが、つくづく浅はかな自分自身を思い知らされている。

今日は朝から何度も良いことが重なった日であった。
そういえば、朝出かける前に、教えてくれと言うので女性に電話番号を教えた。今までなかったことだ。邪念を忘れ、身を仏にまかせっきりにするか?

●今ほんとうは26日、午後3時20分。姫路市のいちかわの護岸で昼寝してメールを打ち込んでた。太陽を避けて桜の木の下に座っていた。
トカゲが足下を通るんです。10mm程のイモムシがくねくねしています。桜の葉っぱは穴だらけ。背中が痒くかゆく。早く腰を上げないと?
また天気が悪くなるようなので、夕方から寝場所を吟味しなければなりません。
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by henroseikatu | 2012-06-26 15:41 | 托鉢遍路 | Comments(0)

兵庫大仏

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2012年6月23日(土) 歩いて四国へ3日目


神戸の大倉山公園で目覚め、それから兵庫駅近くの兵庫大仏を見に行った。
神戸に大仏があるのは、最近の平清盛ブームで知った。

天台宗能福護国密寺の兵庫大仏は露天にあり、地上高さ18メートルの、びるしゃな仏で、鎌倉奈良と共に日本三大仏と言われている。
1891年に建立、戦中に金属供出されてしまった。それで1991年、平成三年に再建された大仏です。
この寺で平清盛が出家し墓所もある。

この寺の本堂は月輪影殿という京都から移築された由緒のある建物である。

私は他に鎌倉時代の古い五輪塔に関心をもった。
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by henroseikatu | 2012-06-25 07:33 | 托鉢遍路 | Comments(0)

舞子公園泊

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2012年6月24日(日) 歩いて四国へ4日目

今日は舞子まで来た。今晩は雨が降る可能性もあるので、舞子公園の東屋を寝場所に決めた。
と書いただけで寝てしまった。今、午前3時、しとしとと雨が降っている。
東屋には立派な木製のベンチがある。1メートル20センチ間隔に立派な鉄パイプがベンチをまたいでいる。鉄パイプは20センチ程浮いていて、その下に脚はとおせない。鉄パイプを枕に、脚はパイプをまたぎ寝袋で寝ていた。

もう少しで午前4時になる、雨は止んできた。深夜には街灯の半分は消えたが、それでも充分に明るい。
冷え込んできてシャツの上に白衣を来た。
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by henroseikatu | 2012-06-25 06:30 | 托鉢遍路 | Comments(0)

四国遍路で生きる。

以下 (大阪 西成で発行している「働き人のいい分」に投稿した原稿。 

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四国遍路で生きる。
       
私は一昨年、去年と一年の大半を四国で過ごしてきた。今年の3月に大阪に帰って来た。野宿しながら四国八十八ヶ所霊場を歩いて廻っていた。そうやって四国を廻る人々を四国遍路という。
四国遍路は弘法大師が修行なされた霊場を巡りながら四国を右回りに歩く巡礼の旅である。歩いていくと1100kmあまり、40日から50日かかる。
私は要所にある東屋やバス停(屋根と三方が囲まれている)で寝たり、テントを張って野宿している。善根宿や寺院の通夜堂など無料で泊まれる場所もある。民宿に泊まりながら歩く人もいる。
本土では公園で野宿していても、不審者として見られることがある。でも四国では、白装束や菅笠で遍路していると分かれば野宿には寛容で逆に差し入れがあることもある。
私は2001年に天王寺公園の小屋に住んでいた時に遍路を始めた。仕事で貯めた資金で野宿しながら歩きで四国霊場の半分ぐらい廻り大阪に帰ってきた。それからまた大阪で資金をため四国に行き残りの霊場を廻った。
去年は途中で貯えも切れ、托鉢をした収入で遍路していた。四国の野山川辺海辺を気ままに歩るきまわった。
気ままと言っても、地元住民にどう見られるかも考えながら野宿をしなければならないし、腹をすかす事もあり、雨にずぶ濡れになり、寒さに震えることもある。楽しいことばかしではない、色々な欲望を抑え少ない収入で生きるためには我慢も必要である。
托鉢とは遍路が家々を訪問したり、スーパーの店頭に立ってお経を唱えて、金銭等の喜捨を受ける行為である。修行者は働かず托鉢で糧を得るのである。
喜捨はお布施とも言い、在家の人が修行者に自分の財産を見返りを期待せずに施すことで、仏教徒の良い行いで来世で良い報いがあるとも言われる。
托鉢で生計を立てるのは生半可な気持ちではできない。他人には勧められない。
四国遍路には私のように、托鉢等で生計を立てながら一年中四国を廻っている人がいる。地元ではそのような人を「職業遍路、世立て遍路」と呼ん、生活の場が有りながら一時的に遍路している人と区別している。
私は人付き合いが苦手だ、世間話しも良くできない。しばらく、ごみごみ、ぐずだくの濃厚な社会にくすぶっていて、自分の無力に飽き飽きしてきた。
空や海をゆっくり、あてなく歩きたくなってきた。梅雨の晴れ間、いよいよ歩いて海の向こうに渡ります。
2012年6月20日
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by henroseikatu | 2012-06-23 10:14 | 托鉢遍路 | Comments(0)

読経しながら喜捨を期待する愚かな私

2012年6月23日(土)読経しながら喜捨を期待する愚かな私

昨晩、三宮で托鉢していた。読経していると、目の先で立ち止まる女性がいた。あっ!、喜捨してくれるのかな、と無意識に心に思った。
托鉢で読経している時には、菩薩や教えのことを思わなければならないのだけれど、何時も無意識に(なかなか喜捨がないときには特に)喜捨してくれるのではないかと思ってしまうしまうことが多い。
私の方に真っ直ぐ進んでくる人。財布を開けている人。また硬貨のすれあった金属性の音(長財布に付ける鎖やキーホルダーの音だったりする)。そんなことだけで私に喜捨してくれるのではないかと期待することがある。
そんな雑念は外れるんだけど、昨晩の三宮は、私が思ったあとその女性が私の前まで来て喜捨してくれた。
非常に珍しいことなので、わざわざ書いてしまった。ひょっとすると、私に神通力が備わってきたのかも?

昨晩は托鉢のあと東遊園地の石のベンチで寝た。歩道の脇には野宿の小屋があった。
一昨日は大阪駅の駅前ビルの軒下で寝たが、周囲には他の人も寝ていた。
旅も野宿しながらすると、野宿者が見えてくる。ここにも生があり生活がある人生があり、世界がある。
テントを持ち歩く旅とは違う地平に立っているように思う。

昨晩洗濯したシャツが乾いたら、今日は元町で托鉢、そこら辺のビルの谷間で野宿です。

PS.この先、国道2号線で尾道まで行き、そこから、しおなみ海道で四国の今治を目指します。
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by henroseikatu | 2012-06-23 10:03 | 托鉢遍路 | Comments(0)

Fw:西成に帰って来て野宿に思うこと。

以下
(大阪 西成で発行している「働き人のいい分」に投稿した原稿。

●西成に帰って来て野宿に思うこと。
         
知り合いには生活保護にかかり野宿小屋を出ていった人が多い。生活保護でアパートに入っていてもハローワークに通い就労活動をしていないとケースワーカーがうるさいらしい。小屋を撤去し生活保護を受けたが、やがて打ち切られる、そんなことを繰り返している人も知っている。
私は話し下手で、アパートに入居しても近隣とのつき合いは、うまくできそうもない。今更、人に使われたり、他人の顔色気にしたりしたくない。だから、私は生活保護は受けたくない。
日雇生活、野宿生活をしてきて、そんな自由奔放な生活から抜け出して、箱の中に閉じこめられようとは、62歳を過ぎ思わない。
「役所の世話になりたくない」というのが日雇生活、野宿生活をしてきて思ってきたことである。それが最も重要な私の人生の指針である。
それなりの収入があれば、それなりの生活をする。よりよい生活を目指そうとすると、それなりの収入を得るため努力しなければならない。でもそんな努力しなくても人間は生きていけるのである。
「生きているだけで良い」「生きているだけで丸儲け」と言う言葉があるが、(「死ぬな生きて生きて生きろ」と言いながら、自殺と想わせる死に方した人をあった。)その言葉を丸ごと宝言にすれば良い。
現状を丸ごと受け入れ、現状を肯定できれば、悩み事はなくなる。終わったことは、もう変えられないのだから悩まない。もともと人生は不条理で無常である。今晩交通事故で死ぬか、心筋梗塞で突然たおれるか、地震で潰れた家の下敷きになってしまうか、津波にさらわれるかもしれない。
江戸っ子が「宵越しの金は持たない」と言っていたのは真理に近いのかも知れない。それの方が経済が回る。明日を待たずに死ぬかも知れないのだから、金など貯めても役にたたない、地獄ではこの世の金など使えない。
野宿者はいつの世もなくならないと思う。他人の目など気にせず、社会に縛られず生きること、その方が心安らである。
社会常識は真理ではない、そんなことに囚われずに生きていけば、愉しい生活ができる。
外見など気にしないこと、服が破れていようと、垢まみれでも良い。人の視線、気にせず、自分の心が安らかであれば良い。
しばらく西成で高齢者特別清掃に行って生活していた。また四国に渡り四国遍路しながら生活するつもりである。
住所不定、無宿、白装束で野宿しながら四国遍路を廻り続けていきます。


橘安純たちばなやすずみtatibana8@msn.com 
アルミ生活+戦争反対 http://robou.exblog.jp/
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by henroseikatu | 2012-06-21 17:38 | 托鉢遍路 | Comments(0)

再び歩いて四国へ

2012年6月21日、本日、雨の中を出発した。再び、四国遍路するために四国を目指し歩き出した。
大阪に残してあった野宿小屋の荷物を、きれいさっぱりと捨ててきた。使いもしないもの、昔の想いでなど今まで捨てきらなかったものだ。

歩いて、托鉢をしながら四国に行きます。国道2号線で尾道まで行き、そこから「しおなみ海道」沿いに四国に渡ります。

大阪や京都で托鉢してきたけど、四国のようには行かない。半日托鉢していないと生活は出来そうもない。
本州での托鉢の可能性を追求しておきたいので、尾道まで托鉢していきます。
2010年の4月に歩いて四国に渡っている。その時は尾道まで8日間かかっている。ザックを背負って歩き、靴擦れができて歩きずらかったのを覚えている。
今回は荷物を引き台車に載せている。今日は大阪駅で托鉢して、駅周辺で仮眠の予定。
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by henroseikatu | 2012-06-21 16:37 | 托鉢遍路 | Comments(0)

四国遍路みちぞい物語更新しました。

本日、インターネットのブログ「四国遍路みちぞい物語」に久しぶりに投稿しました。

◎45番岩屋寺が納経所で配布している文章(毎年、内容を変えている)2011年版、12年版。
◎西条市極楽寺にある銀納義民記念碑。年貢米の苦しさから銀納を求め一揆を何度も起こし、ついに銀納になった。

など17本の物語です。
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by henroseikatu | 2012-06-18 16:19 | 托鉢遍路 | Comments(0)