<   2012年 12月 ( 14 )   > この月の画像一覧

大晦日やっぱり一人で食べる蕎麦

f0222943_2129710.jpg

f0222943_2129756.jpg

2012年12月31日(月)

大晦日である。
スーパーマーケットは人混みであふれる、家族連れも多かった、たりなかった玉葱だけ買った。
百円ショップをぶらぶら見て回りイヤホンを買った、古本を見ていたら思わず一冊買ってしまった。

それから海に向かった。安芸の海岸は広かった。長い海岸、波打ち際まで広い浜。
太陽が照りつけた。私はシャツ一枚の上に、上着を着ているだけだ。海面から照り返す光がまぶしい、直射と反射と両面から焼かれて少しぐらいの風さんには負けることはない。


沈む夕日に向かって読経した。水平線にそって漂う雲の後ろに日が沈んで行った。とたんに、涼しさが襲ってきた。
大晦日の夜になってくる。

雨の日に一日、河川敷で動かなかった。そんなこともあり、高知にはまだ遠い。
今朝は安芸駅前で托鉢した。駅に併設している「ぢばさん市場」が観光客や地元の人の買い物で賑わっていて、托鉢の喜捨も良かった。
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-31 21:29 | 托鉢遍路 | Comments(0)

楽しみは凍てつく空気持鈴ふれば 研ぎ澄まされた響きなる時

2012年12月28日(金)

楽しみは
凍てつく空気
持鈴ふれば
研ぎ澄まされた響きなる時


前の晩、椎名漁港の網を拡げるための広場にテントを張った。
12月21日の早朝、暗いうちから歩き始めた。明るくなり、青年大師像が見えてくる。御蔵洞の前を通り、寺の登口から山道を登る。
本堂でローソンを灯し、線香を捧げる。ご本尊を覗き見る。すこし脇により本尊に正体、身繕いし姿勢を正す。
右手に持鈴(じれい、と読みます読経の時ならす鈴です)を持ち、左手親指と人差し指の間に二重にした数珠をかけ、さらに経本を持つ。(持鈴ならさない時は右手も経本にそえる。)

持鈴を二度ならす、読経を始める。経や真言の間に持鈴を一度ならす。

凍てつく日であった。山道を登るときはなかった風が山上の境内を吹き抜け、とても凍てついていた。
持鈴を振ると、素敵になった。何時もより硬質な響きだ。しかも、どう振っても最良の響きである。
何時もは、振り方がぞんざいだと響かなかったりする。
天候が晴れ渡った日にも響きがとても良いが、今日は、ちょっと違い完成度が違う。

何時もより硬質な音、余韻が少ない、どう振っても響いてくれる。素敵な経験であった。
持鈴の響きは振る人の心の持ちようかと思うこともあるが、今日の響きは、それとは全く違う、凍てつく空気の成せる技なのかもしれない。
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-28 19:38 | 托鉢遍路 | Comments(0)

27番神峯寺参拝、雨宿り

2012年12月28日(金)

早朝、雨の降らないうちに登ろうとしたが、ぼちぼちと降り始めた。そんななか27番神峯寺に登りお詣りした。麓の唐浜駅(ごめんなはり線)に台車を置いて3キロメートル程の上り坂を歩いて登った。
お詣りして下山するまでは小降りで、大して濡れることもなかった。

天気予報じゃ夕方から処により雷雨などといっているので、今日は先に行かず今晩はこの唐浜駅に泊まる予定。3時過ぎて雨は本降りになってきた。

今日は27日、暮れも押し迫って来ているのだが、私には何の感覚も湧かない。曜日の感覚も無いのだから、時候を感じるセンサーも働かない。
次の大きな町は安芸、大きなスーパーが三軒あるし、100円ショップダイソーもある。この頃門付けはあきらめていて、スーパー托鉢に生活がかかっている。
正月は高知市街をぶらつきたいが、なかなか高知市街に入れそうもない。

また雨が一段と激しくなってきた。風が吹いている。
先に進まなくて正解。唐浜駅の待合室はちゃんと扉もしまるし、ベンチも余裕がある。
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-28 15:39 | 托鉢遍路 | Comments(0)

写真付、寒風に身をさらせつつ今を生き

f0222943_222812.jpg

f0222943_2228162.jpg

2012年12月25日(火)
寒風に身をさらせつつ今を生き

皆さん寒さの心配してくれているようですが、当方は普通の生活をおくっています。
寒風にも合っていますが、今のところは寒いとは感じていません。寒いと思ったら着るもの一枚増やします。
暖房生活していませんので、一日中ほぼ自然の気温を体感しています。
暖房して気温差をわざわざ大きくして危険を広げるより、外気温にどんどんなれましょう。
最後は気合いで体温調整。(精神統一すれば火もまた涼し)

今、高知の奈半利から田野に入った所です。正月は高知市の市街地をうろついて過ごすつもりです。
寒風の中でスーパー托鉢していると喜捨は良いです。


寒さ身体にしみこんで
寒波襲来、気にかけず
寒風ほほをなでていく
日射し身体を温めて
空は澄んでる
木々はそよいで足は速足
汗がじっとり

まてまて風が頑張り始めた
シャツの下へ腋の下へ風が侵入
コートはおって一休み
歩き出したら直ぐ身体の中、熱がたまりはじめる
上り坂には押してる台車が重くなる
機関車薪をどんどん燃やす
コートぬいで
上着ぬいで
シャツ一枚で春になる
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-25 22:28 | 托鉢遍路 | Comments(0)

寒風に身をさらせつつ今を生き

2012年12月25日(火)
寒風に身をさらせつつ今を生き

皆さん寒さの心配してくれているようですが、当方は普通の生活をおくっています。
寒風にも合っていますが、今のところは寒いとは感じていません。寒いと思ったら着るもの一枚増やします。
暖房生活していませんので、一日中ほぼ自然の気温を体感しています。
暖房して気温差をわざわざ大きくして危険を広げるより、外気温にどんどんなれましょう。
最後は気合いで体温調整。(精神統一すれば火もまた涼し)

今、高知の奈半利から田野に入った所です。正月は高知市の市街地をうろついて過ごすつもりです。
寒風の中でスーパー托鉢していると喜捨は良いです。


寒さ身体にしみこんで
寒波襲来、気にかけず
寒風ほほをなでていく
日射し身体を温めて
空は澄んでる
木々はそよいで足は速足
汗がじっとり

まてまて風が頑張り始めた
シャツの下へ腋の下へ風が侵入
コートはおって一休み
歩き出したら直ぐ身体の中、熱がたまりはじめる
上り坂には押してる台車が重くなる
機関車薪をどんどん燃やす
コートぬいで
上着ぬいで
シャツ一枚で春になる
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-25 22:24 | 托鉢遍路 | Comments(0)

楽しみは小春日和の川の洗濯洗って干してそれを着る時

f0222943_23403137.jpg

f0222943_23403128.jpg

2012年12月20日(木)

楽しみは小春日和の川の洗濯
洗って干してそれを着る時


高知県の東右下、海岸沿いを室戸岬に向かい南下している。今朝、室戸市佐喜浜町に入った。

今日は風もなく、雲もなく、太陽が照りつけた。
12月だというのに青い空と日射しは夏を思わせた。
シャツ一枚でも過ごせる暖かい日になった。

あまり暖かいので、昼前から洗濯を始めた。
あまり暖かいので、昼前から川で洗濯を始めた。

寒いから重ね着していると、上り道で台車を押したり、日射しを浴びて汗をかいたりする。
この前、夜になってから洗濯したら、朝には凍っていた。
洗濯は真っ昼間にすることにかぎる。歩いている場合ではない、こんな洗濯日和に。

ズボンをまくりあげ川に入った。
きれいな水だ冷たさはない。石鹸で洗って、川の流れでちょちょいと、すすいだ。川の洗濯はすすぎが楽だ。
厚手の衣類はなかったので、3時間ほどで気持ちよく乾いた。

川は2級河川、佐喜浜川。この河口あたり草が繁茂し水辺になかなか近づけない。国道55線、新佐喜浜大橋の北橋詰(薬王寺側)上流側から水辺に降りられる。
そこに流れる分流は膝下までで、渡れば石っころだらけの河原が広がる、空が広がる。
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-20 23:40 | 托鉢遍路 | Comments(0)

実体があると思っていた世界は、すべてエネルギーの漂いにすぎない

2012年12月20日(木)
◎これまで、実体があると思っていた世界は、すべてエネルギーの漂いにすぎない。◎

日和佐の道の駅に隣接するJR日和佐駅、駅前から海に向かう太い通りを進むと直ぐに左側、日和佐図書資料館がある。
そこで見つけた本『「よくわかる瞑想ヨガ」綿本彰 実業之日本社』の中に興味ある記述が有ったので要点を転載する。


◎原子は空間がしめる◎
人間の細胞は、たんぱく質と核酸からなる『分子」の集合体です。そして、この『分子」という粒は『原子」という粒からできています。
この『原子」という粒は、ほとんど空洞です。『原子」は中心に原子核があり、そのまわりを電子がぐるぐる回っているという構造をしています。原子核と電子はすごく小さくて、めちゃくちゃ離れているのです。
仮に原子核の大きさを1mmとすると、約50m先に電子があります。電子はぐるぐる回っていますから直径100mの円の中心に原子核があることになります。
たとえるなら高さ100m立方体のビルの中心にわずか1mmの原子核がポッンとあるのです。それがどれだけ集まっても何も見えません。

◎見ているのは光の屈折◎
私たちが見ているものは「光の屈折」にすぎません。ものを構成するスカスカの原子の集合体に光が当たって波長を変えた光が目の網膜を刺激し、その信号が電子刺激に置き換えられ、その電子刺激が脳に伝わり、映像として認識されるだけなのです。

◎音は鼓膜の振動◎
音の正体は、「鼓膜の振動」にすぎません。声や音楽などは、空気の振動であり、その振動が鼓膜を震わせ、それが聴覚神経から脳に伝わって、音という認識になるだけです。

◎現実も夢と同じ◎
夢の中で見るものや聞く音は、実体がないとみんな思っているでしょうが、現実世界で見るものや、音も、脳の中で感じているだけで、その点では夢と同じといえます。
においも音とおなじで、脳が感じているだけです。

◎電気磁気の作用が感触になる◎
たとえば本を持って読んでいるとします。しかし実際は触っていませ。本を構成する紙の原子と手の原子が、電気的、磁気的に反発し合い、その刺激が脳に伝わって、「触った感じ」がつくられているだけにすぎません。
最近の研究では、原子核や電子もエネルギーの塊であるという見方がされ始めています。

◎これまで、実体があると思っていた世界は、すべてエネルギーの漂いにすぎない。◎
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-20 05:47 | 托鉢遍路 | Comments(2)

牟岐図書館

2012年12月19日(水)

牟岐の図書館で去年発行された遍路の本を見つけたので紹介する。
牟岐駅近く国道沿いにポルタという商業施設がある。そこから橋を渡って川沿いを左に行くと牟岐図書館がある、そこの遍路の本のコーナーにこの本があった。
『四国遍路さまざまな祈りの世界』
拾い読みしかできなかったけれど「へんど」についての考察もあり、機会があればちゃんと読みたい本である。
新しく以下のことを知った。
表向き土佐藩の接待等の禁止の規制があったけれど、純粋信仰心のある人に対しての対応は許されていた。
明治期には托鉢や善根宿が禁止され、無銭の遍路は取締の対象になった。


『四国遍路さまざまな祈りの世界』
著者・星野英紀・浅川泰宏
発行所・吉川弘文館
発行日・2011年(平成23年)発行
定価・本体1700円+税

四国遍路の思想
四国遍路の歴史と現在・四国遍路の特徴・四国遍路共同体
四国遍路の人びと
伝統的四国遍路イメージとは・職業遍路と病人遍路・死のイメージと四国遍路・自分探し遍路と“哲学的遍路”・何度となく四国を巡る人びと
四国遍路の接待文化
遍路道を外れた遍路たち・接待と乞食圏・近世土佐藩の遍路統制・近代四国の遍路排除論・語り分けの文化(オヘンロサンとヘンド
四国遍路の現代的風景
歩き遍路ブームを読み解く・遍路道再生運動・虚空の道のかなたに
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-19 14:33 | 托鉢遍路 | Comments(0)

図書館で仏法探究しノートに書きつけるOさんのこと

2012年12月17日(月)
図書館で仏法探究しノートに書きつけるOさんのこと

前回書いた「図書館にかよう遍路かな」のOさんに甲浦でまた会った、ゆっくりと歩くペースが私と同じくらいなのかも知れない。
Oさんは白浜海岸の砂浜にある津波避難所の下の広い広場で地元の男の人たちの傍で、黙々とノートをとっていた。広告の裏面に、図書館でぎっしりと書いた文章から、A4厚さ1センチはあるキャンパスノートに書き写している。ボールペンの細かい文字で、几帳面に何行かのブロックごとに色分けしている、この二年間に書き続けたものだそうだ。
その中には、梵字真言と共に手の印が記されている、全く独学で図書館で得た知識で、印を結びながら真言を唱えているそうである。

今、阿弥陀経を読んでいて、南無阿弥陀仏と唱えながら西方浄土に行くんだと言う。托鉢は全くしていなくて蓄えで生活している、それが無くなったら死ねば良い、と言う。

はったい粉ときな粉をお湯で練った物を食べている。それだけでは腹が膨らまないので、昔は野草を練り込んでいた、今はドングリを灰汁抜きして加えて食べたりしている。食べられなくなれば良い、食欲がなくなるからと言う。

『観自在寺辺りで道ばたに座っていると、バスが停まり小学生が何人か降りてきた、でもそのまま小学生たちはそこにしばらく佇ずんでいた。ガソリンスタンドの従業員が「おじさんが居るから怖くないよ」と言いながら、小学生を引率して私の前を通り過ぎた。』と語り「子供に声をかけるのも難しい」と言った。
Oさんは髭を伸ばしぱなしにしていたり、衣服が汚れたりしていることもなく、こざっぱりしていて怖い感じはしないのですが?

Oさんは善根宿も通夜堂も殆んど泊まらない、めんどくさいから、と言う。私も同じ思いだ他人への配慮に心をくだきたくないし自由に過ごしたい。

Oさんは馬頭観音を信奉している。去年の秋に西国の松尾寺に行くと、本尊が拝観できなくなっていた。観光ツアーの人が、物を壊し盗みまでしたので、拝観できなくしていた。
また見たくて来たのにと言うと、お茶を上げるお供にしてもらい内陣まで入らせてもらった、また行かなくてはいけない。馬頭観音を本尊に観想をしている。

高知をなるべくゆっくり歩いて一月下旬頃に内子の道の駅からり、に行き東屋の下にテントを張って図書館に通う。「この先の久万高原は冷えるので、の理由でしばらく内子に居させてもらう。また来たなと言われたくないから、図書館ではなるべく目立たないようにしている。


以上Oさんから聞いた話しです。エピソードをみんな書きたくて、羅列に終わってしまいました、うまく書けなくて御免。
テントを持っていないのではないか、と書いたがOさんは二人用か三人用のテントを持っていました。
一年中遍路している遍路仲間と仏法の話をすることは少ない、Oさんの仏法への思いは深いものを感じる。私も少しは近づければと思う。
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-18 16:54 | 托鉢遍路 | Comments(0)

図書館にかよう遍路かな

2012年12月14日(金)発信

2012年12月10日(月)図書館にかよう遍路かな

11月28日に徳島城公園で会ったと人と日和佐でまたあった。
前に徳島駅前で会ったMさんのことを書いたが、徳島駅付近の二日目は徳島城公園にて野宿した、その時同じ屋根の下で野宿した人だ。名前はまだ聞いていない。

彼は、ザックを背負い二輪の台車を引っ張っている。笠は持っていない。靴はトレッキング用か?、白い装いはしていない、着ているものもアウトドア用品のようで一見遍路には見えない。
彼は杖と言っているが太さ2センチメートル程、長さ2メートルの金属製の棒を持っている、その棒の先には梵文が書かれている。
何度も歩いていて、私と野宿場所の話しをした。
夜寝るときは、長椅子の上にシートのおおいを仮設している。徳島城では台車から壁側に何本も紐を渡し、その上にシートをのせて寝場所を囲ってていた。

日和佐で、その彼が図書館に行くと言うので、私も門付けの後、図書館に行った。彼は辞書の様な本を読んで、盛んにメモをしていた。
暖房の暖かさを、ありがたく感じる。上着を脱ぐとシャツから汗の臭いがした、何日も着替えていない。地域の小さい図書館で、宗教の棚で座禅の本を探したがなかった。しかし医療の棚にヨガ瞑想の本があった、その本の中に人間の実感のあやふやさを、脳生理学や原子物理学から説明してあり興味をもって読んだ。

その晩、二人は日和佐駅の待合室で暖を取りながら(暖房は利いていないがドアを締め切って風が入って来ない)道の駅で寝るために道の駅の営業が終わるのを待つた。
彼に図書館で何の本を読んでいたのかと聞くと、聖書だと言う。「聖書に仏教と通じる言葉が多いのが最近気になっている」と彼は言った。
その後に、色々宗教の話をした。

徳島城の野宿で会ったとき、徳島では何時もここに泊まっている、ここから出かけて行く、先を急いだってしょうがない、と言っていた。そして今回聞いたのは、興味がある本を読み終わるまで動かないと言っていた。遍路しながら図書館通いをしているのである。ただ歩くだけよりも勉強にはなる。いい景色の所でぼけっとしたり、ラジオを何となく聞くよりも積極的な時間の使い方ではある。

以前会った托鉢遍路で、どこでも図書館に行くと言う人がいて、その人に仏教の勉強するんですかと聞いたら、「そんなんじゃない小説を読むんだ」と言っていた。実はそう言いながら、仏教の本を読んでいるかも知れない。

一見遍路に見えなくても、学んでいるのである。見映え外見で判断できるものではない、とつくづく思った。
私は、他人、四国の人にどう思われているのか?。上記に白装束は着ていないと書いたが、私も今は防寒の黒いズボンをはいている。托鉢の時は、その上から白いズボンをはいている。私もまた遍路には見えないかも知れない。
[PR]
by henroseikatu | 2012-12-14 17:04 | 托鉢遍路 | Comments(0)