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じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 5月15日2015年

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# by henroseikatu | 2015-06-03 19:28 | 北海道88ヶ所徒歩順礼 | Comments(0)

じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 5月10日2015年

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# by henroseikatu | 2015-06-03 19:25 | 北海道88ヶ所徒歩順礼 | Comments(0)

じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 5月8日2015年

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じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 5月6日2015年

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じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 5月4日2015年

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じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 5月3日2015年

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じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 4月30日2015年

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じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 4月26日2015年

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# by henroseikatu | 2015-06-03 19:16 | 北海道88ヶ所徒歩順礼 | Comments(0)

じゅんぱい日記 北海道88ケ所徒歩順礼 4月25日2015年

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# by henroseikatu | 2015-06-03 19:13 | 北海道88ヶ所徒歩順礼 | Comments(0)

へんろ日記 2015年3月24日 遍路を中止して北へ向かう

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# by henroseikatu | 2015-03-26 22:54 | Comments(0)

へんろ日記 2015年3月13日 横峰寺参拝

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# by henroseikatu | 2015-03-26 22:52 | Comments(0)

へんろ日記 2015年3月11日 仙遊寺参拝

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# by henroseikatu | 2015-03-15 18:23 | Comments(0)

へんろ日記 2015年3月8日 南光坊参拝

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# by henroseikatu | 2015-03-09 12:38 | Comments(0)

へんろ日記 2015年3月5日 北条でこうらぼし

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# by henroseikatu | 2015-03-09 12:35 | Comments(0)

へんろ日記 2015年3月3日 円明寺参拝

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# by henroseikatu | 2015-03-09 12:33 | Comments(0)

へんろ日記 2015年3月2日 大山寺 閃光に大師現る

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# by henroseikatu | 2015-03-09 12:30 | Comments(0)

へんろ日記 2015年2月26日 岩屋寺参拝

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# by henroseikatu | 2015-03-09 12:27 | Comments(0)

へんろ日記 2015年2月20日

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# by henroseikatu | 2015-02-22 13:12 | Comments(0)

へんろ日記 2015年2月18日

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# by henroseikatu | 2015-02-22 13:10 | Comments(0)

へんろ日記 2015年2月2日

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# by henroseikatu | 2015-02-03 18:56 | Comments(0)

へんろ日記 2015年1月31日

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# by henroseikatu | 2015-02-03 18:53 | Comments(0)

2014年12月15日 大阪まで来た。

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2014年12月15日 大阪まで来た。これから南下し、和歌山港からフェリーで徳島に渡り遍路をするつもりである。

一昨日(13日)暮れてから大阪駅に着いた、さっそく歩道橋の上で、寒風のなか托鉢した。その日は喜捨に恵まれ、寒風の吹き抜ける中の読経に憐れみを誘ったのかも知れない。

昨晩久しぶりに風呂に入る。この前、風呂に入ったのは11月末、食事とお風呂の接待を受けた時だ。夜が寒くなり体をふこうとも思わなくってしまい、服も着たきりで昨日着替えたらシャツの首回りが黒ずんでいた、ふだん鏡を見ないから気にしていなかった。

寒風がのどを鍛える。
そんなに温い服装をしていないので身構える、何時もより背筋をのばし緊張して唱える。腹筋が意識され口腔に響く空気が経になっていく。背中の下方は寒く感じる部分はあるが冷たいとは思わない、体の中から暖かくなる。袖口から入りこむ冷気を感じる、指先が冷たくなっていき、指がちぢこまる、指を真っすぐ伸ばせない、曲がった指が愛しいのである。寒風に抗し三昧響く経

とうとう幟を挙げた。
押している台車に幟を掲げ進んでいる。
不審者に見られる前に身分を明かしたつもりだ。
名刺も手書きして配っている。
最近の名刺は以下である。

   あるいて歩いて地球にねて
   読経、托鉢慈悲に生かされ 感謝 合掌
     氏名    64歳
      
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# by henroseikatu | 2014-12-15 18:13 | Comments(0)

初公開 後姿

東京の代々木公園に一泊した。
「デング熱」騒動で公園閉鎖の時に追い出されそうになり、一部の人は施設に入ったが、公園内の野宿小屋の人々は交渉して公園内に留まり、出入りを確保していたそうである。
闘いながら野宿小屋を維持されていて、立派である、しかし東京オリンピックを契機に追出しが心配されているとのことである。

その代々木公園の小川テツヲさんの「ホームレス文化」というブログで私のことを紹介してもらった。



http://yukuri.exblog.jp/21273221/
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# by henroseikatu | 2014-11-06 08:37 | Comments(0)

2014年11月6日 東北36不動尊霊場を結願し四国へ帰ります。

2014年11月6日 東北36不動尊霊場を結願し四国へ帰ります。
今、私は神奈川県川崎にいます、この夏は東北を巡り、四国へ帰るところです。

「東北36不動尊霊場」を廻って来ました。6月7日さくらんぼが食べごろの山形県の第1番慈恩寺から始めて、秋田、青森、岩手、宮城と各県6ヶ寺を巡り、10月18日に福島県の第36番常福時の赤井嶽不動尊を参拝して結願しました。
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東北を巡っている間、「お寺巡りをしています」と言って巡礼をきどっていましたが、先に進むことばかり考え、修行や思索の一つも進みませんでした。毎度のことですが今回の霊場巡りでも最初は「毎日○○しよう」と思っていましたが、全くしませんでした。歩いて、体を酷使しているだけで満足してしまって、巡礼というよりも、ただの生活者であり、宗教的行為は托鉢時の読経だけでありました。

カッコつけても、多くの人からは違う目見られている、荷物を載せた台車を押しているだけで怪訝に感じられているのでしょう。
私は自分が下座に立つことを自覚しながら、少しでも真理を考えていこうと思っています。それで自分を「乞食巡礼(こじきじゅんれい)」と規定し進んで行くことにしました。
『歩いて歩いて地球にねて 乞食巡礼』として托鉢しながら霊場巡っていきます。
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※今まで、ポメラ(ワープロ)で入力して、何本もインターネットカフェでブログを更新していましたが、ポメラ故障につき廃棄しました。ですから、これからは多くの投稿はできなくなります、あしからず。
ブログ更新も欲望に他ならず、ポメラを持つことで多くの思いが産まれてしまいます、少欲知足で涅槃に近づいていきます。
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# by henroseikatu | 2014-11-06 07:45 | 東北36不動尊霊場 | Comments(1)

東北三十六不動尊霊場 宮城2

東北三十六不動尊霊場 宮城2
2014年9月15日~9月25日


9月14日(日)番外三龍山不動尊
仙台駅西口側のアーケード、クリスロード商店街を歩いていると後ろから声をかけられた。「この先に三龍山不動尊がありますよ、この先右側に、大きな垂れ幕のあるところです」私が振り向くと、声をかけてくれた人は、既に、去っていく後姿であった。
さっき商店街の入口で私が追い抜いた男の人である。私は白衣を着て、「東北36不動尊霊場まわっています」などとザックに書いてあり、それを見て声をかけてくれたのだ。
路地に入るのかと思っていたら、アーケードに面したビルの一階が、そのままお寺になっている。狭い通路の両脇が数珠やおみやげの店になっている。その突き当たりに礼拝所があり、その先一段と高い場所に内陣がある。
ここには、仙台の老舗で福の神と崇められている仙台四郎が祀られグッズも置いてある。
商店街のビルの中の不動尊、仙台駅に寄った不動尊霊場巡拝者は、ぜひ寄ってもらいたいお寺です。


9月15日(月)
仙台の市街の街頭で何度か托鉢した、しかし思ったような托鉢にはならなかった、応じてくれる人が少なく喜捨の金額が少なかった。
祝日の午前10時、角地にある小じんまりしたスーパー、その交差点の歩道に立ち店の入り口を向いている。敷地は歩道より背丈位高い、そこが駐車場になっている、そして私の背中、車道をへだてて立体駐車場っがある。
自転車に子供を乗せたお母さんが通る。交差点から離れて信号待ちする人。歩道から私の前を通らないように車道に出る人。当たり前だが無視される異物の私である。
スーパーの敷地から、小学校低学年の兄妹と思われる子供が私を見下ろしている。私はお経をあげているのだと説明し日本語で般若心経をとなえた、少し声量を上げて読経した。そのあと何か歌を歌おうと思ったが急な事で歌詞がでてこない。そのうち兄弟はお母さんが買い物がすんだので、その場を離れた。
その直後、さっきの子供より年長の男の子が来て、椀に喜捨してくれた、忘れてしまったが「ご苦労さん」だったか、大人びた言葉をかけてくれた。これが今日の始めての喜捨である。

最近は読経に集中しているので、子供との交流はあまりない、多くの大人は托鉢している私を無視している、見て見ない振りをしている。私は視線を下方に向けていて、親に連れられている子供と視線が合うことがある、子供たちは私を不思議そうに見上げるのだ、そんなとき私は微笑んだり、視線を返す。よく読経している私の前に子供たちが来て、読経しているのを見ていることがある。そこで私はお寺巡りしていることなどを話し、相手をする。子供たちに将来托鉢に好意を持ってもらいたいので、優しく接したいと思う。将来、托鉢を理解し托鉢者に喜捨して欲しいからだ。
「何でこんなところでしているんだ、駅前ですれば良いのに」と言って男性が千円の喜捨をしてくれる。私が手書きの名刺を渡すと、名刺を読んでそれを話題に話をした。名刺をその場で見てくれた人は始めてだ。
もうやめようと思っていたとき、寿司屋に来た家族連れが、それぞれに喜捨してくれる、両親と子供の四人の喜捨である。

9月17日(水) 番外秋保(あきう)神社 畑仕事している人と話したときに話しに出ていたので寄ることにした。

9月18日(木) 29番西光寺(秋保大滝不動尊)
鳥居をくぐり、靴を脱いで不動堂に入る。正面に丸るい鏡(何ていうのか神社の)、その後ろに仮本尊の不動尊(本尊修復中)、拝観する場所が狭くて室内が暗いので落ち着ける。
堂内で読経していると、賽銭を入れて手をたたく人がいる。境内入り口には鳥居があり堂前には狛犬があり、神社と間違えているのではないのか、本尊は不動明王である。
東北を廻ってきて、こんな神社の雰囲気を漂わすお寺を見てきた。ある寺で住職に聞いたら、神仏習合のな残りがあるから、と言われた。2番大日坊では寺院だが手を三回叩く独特な風習がある。しかし神か仏か自覚せぬままの拍手としか思えなく私には違和感がある。

9月23日(火祭)30番駒場瀧不動尊愛敬院、
閑散として人気がないので、このまま本堂前で読経しようと思っていた。ガラス戸を透かして御本尊を見ようとしたが見えない、鍵がかかっていると思いこんでいたが、戸が開いたので座敷に入った。
本尊の不動尊の他には小さな像が3体だけで簡素で好感が持てる、本尊には照明が当たっている。(大日堂も覗くと暗闇のなかに黄金の像が照明に照らされ、ありがたい)
勤行を終えて、本堂の外に出ると脇にある守札所にご婦人がいたので納経した。
清滝に行くことにした。不動尊公園のキャンプ場を通り、林道入り口には1キロメートルの表示、しばらく行くと「清滝入口 530メートル、25分」の道標で下りの山道になる。こじんまりした滝だが周囲を木々囲まれ、適当な滝壺があり滝に打たれるのは好い感じである。


9月25日(木)
午前中雨という予報で、今日は半日雨宿り、のつもりでいた。夜が明けてから一度雨が降ったが、その後は雨が降りそうもない空模様。ゆったり半日過ごすつもりだったが、通勤する人々も出てきて、しかたなく歩き出すことにした。

昨夕、スーパーで托鉢してその後、暗くなった道を寝場所を探して歩いた。天気予報で夜半から雨の予報であったから露宿、露天ではなく雨のしのげる軒下を探した。
駅の駐輪場の屋根がしっかりした造りで雨が駐輪場の路面を流れない構造だったので、そこにテントを張った。
雨宿りというと橋や高架の下を探す、四国では東屋やバス停などが期待できるがこの辺りにはない。住宅街で雨宿りできる場所を探すのは難しい、公園もテントの張れるような東屋など設置していない。
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# by henroseikatu | 2014-09-29 09:27 | 東北36不動尊霊場 | Comments(0)

影は空だと思う追いかけても逃げていく

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# by henroseikatu | 2014-09-15 10:24 | Comments(1)

東北三十六不動尊霊場 宮城1

東北三十六不動尊霊場 宮城1
2014年9月4日~9月14日


9月4日(木) 25番観音寺 国道から別れ、県道26号線で陸前高田の港を過ぎ、一度坂を上り下りる途中から観音寺の本堂の敷地に入る。
庫裏の玄関から本堂に入る。天井の高い広い本堂である、背の低い椅子が並べられ、マイク等の放送の設備もある。読経の響きも良かった。トイレを使わしてもらい、納経をして、そそくさと帰った。

9月5日(金)
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 さくら地蔵尊 陸前高田から国道45号線を南下し大谷海岸の入口、道路際の少し高い所に慰霊するのに良い場所があった。「大谷ー三島 復興の丘 三島「復興の丘」さくら地蔵尊」である。
道路からそんなに高くないが、地蔵尊の背景に、黒い土嚢の仮堤防、近くに大谷海岸東側の小さな漁港を望める。周辺に桜が植えられ慰霊の地になっている。手作りの感のある椅子などがあり、海を見ながら思いを馳せるのには都合が良い。
陸前高田の一本松近く被災した道の駅にも追悼施設があるが、そこは観光地になっており、落ち着いて佇むこともできない。まあ人が多いからな。

「復興の丘」の近くの「道の駅大谷海岸」にはトイレ等が再建され、農林水産物直売センターがあり、周囲には食堂もある。さらに一日、4千円の復興従事者向けレンタルハウスがあった。

9月8日(月) 26番大徳寺横山不動尊
本堂によらず不動堂に向かう、扉は閉じられ中を覗いても暗くて像は見えない。「堂内に上がりたい人は本堂までお知らせ下さい」という内容の張り紙があったが、御布施を渡せずわざわざ手数を掛けさせるのも悪いし、本尊の拝観にこだわらないので、堂の外で不動尊の勤行をした。
勤行を終えたとき、住職がきてちょっと待って下さいと言われ、その後「せっかくですからと堂を開けてくれた。震災で被災した像の修復がすんで立派な不動尊である。
住職がお茶を出してくれて、話を聞いてくれた。

9月10日(水) 27番神寺松景院 境内の諸堂などの案内板があり、読んで嬉しい。またサミュエル・ウルマンの青春の文章を掲示してある、その要を以下書き抜く。
「人は信念と共に若く疑惑と共に老いる
人は自信と共に若く恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く失望と共に老い朽ちる」

男子便所の中に破礼句の短冊が並んでいる。以下住職の例句である。
この不況留めて置きたくても出さねばこまるトイレのウン
落す都度 尻持ち上げるぽっちん便所
糞出して破礼句も出さぬか無礼者

本堂の中、天井からの明かりの中の正面全体を覆う巨大な不動尊が浮かび上がっている。優しい顔を度々見上げながら勤行した。

9月12日(金) 瑞巌寺五大堂 五大堂は瑞巌寺とは離れ、海岸沿いにある。昨夕は激しい雨だったが、今朝は久しぶりに晴れ渡った。五大堂には観光客、グループで行動している中学生などが続々と通過していく。土足厳禁と書いてあったので、靴を脱ぎ階段を上がり格子の間から明王をみた。
納経は瑞巌寺ということで、寺の境内に入ると、崖を彫り込んで五輪塔などがあった。寺の拝観には700円が必要とのことで五大堂の納経だけした。

9月13日(土) 別格塩釜神社 道沿いにあるし、その名称が気になり拝観することにした。表参道から長い階段を登り、社殿の入口にある左右の狛犬が狛犬らしくないヌーボーとした独特の顔をしていた。
塩土老翁神がこの地に留まり、人々に塩づくりを教えたことから、この神社が始まったそうである。
朱印は、隣の敷地の志波彦神社とセットで500円とのこと。私は志波彦神社はお参りしていなかったし、塩釜神社だけお願いしますと言ったが、若い葱に断られ、見開き2ページに2社の朱印を頂いた。
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# by henroseikatu | 2014-09-15 08:40 | 東北36不動尊霊場 | Comments(0)

東北三十六不動尊霊場 岩手県

東北三十六不動尊霊場 岩手県
2014年8月8日~9月2日

2014年8月8日(金) 19番永福寺
どうもガイドブックの地図では分からず寺まで行くのに苦労した。さいもく委細地図が分かりずらいし、道順が書かれていない。それで以下詳しく国道からの道順を書きます。
国道4号線、盛岡バイパスが坂を下り川を渡る前の交差点「中央公民館」で左に入り道なりに進み、「山岸小学校入り口」で右折、小学校を行き過ぎ左に曲がり踏み切りを越して線路沿いに右折、JR山岸駅の斜め前に永福寺がある。
不動尊の経本を忘れてしまい。覚えている般若心経で勤行した。

8月16日 20番長根寺 本堂で音楽や落語の催しなどもしている。
8月31日はオテライブがある。「精霊と一緒に音楽を楽しみましょう 寺は文化や教養を発信し人々が集う場所です。今年も、長根寺は音楽文化を発信する寺として本堂を開放いたします。当寺檀家様以外の一般の方もご観覧いただけますので、お誘い合わせのうえお越し下さい。」

8月21日 21番福泉寺 雨の日に参った、駐車場から参道を通る。山門の住職作の仁王像は仏師にはない荒削りで顔面が迫ってくる。一方住職作の大観音は整った姿である。山門の先で拝観料300円払う、本堂の扉の間から、暗い内陣の中央の不動明王を見て勤行をする。それから上って行き、大きな大観音の鎮座している大観音堂は、大きなスペースが広がっていた。その観音堂で納経した。
雨が降り続いていた、受付で教えて貰ったとおり回廊を伝わって入り口まで戻った。

8月24日 22番興性寺本堂があけっぴろげだったので、そのまま座敷に上がり不動尊の勤行を上げた。勤行が終わると住職が出てきてお茶とお菓子出され話をした。各地の巡礼を檀家の人と廻っているが、北海道88ヶ所は検討したこともあったが行程が長く予定が組めず断念したとのこと。このお寺では、巡礼者の名簿に名前を書かされた。お話を聞こうという住職に久しぶりに会った、私の後にも地元の人が来ていた、お参りにきた檀家の人々の話の聞き役になっている様子である。

8月28日(木) 番外中尊寺
境内に入ると急な上りが続く、本堂では座敷に上がってのお参りは出来ない、参詣者もほとんどが本堂に寄らず奥の金色堂を目指す。
外国人の団体観光客が多い、中国からのスポーツ関係らしき団体が目立っていた。日本の中学生らしい団体もいた。

8月29日(金) 23番達谷西光寺 殆ど神社である、達谷窟毘沙門堂として知られていてその別當が西光寺である。鳥居をくぐり、すぐ右に上るとあるのが札所である姫待不動堂である。小さな堂であるが、お不動さんは大きな木造の座像である。(拝観料は300円であるが不動尊だけのお参りには拝観料はいらないそうである。)

2014年9月2日(火) 
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高田松原沿いの、敷地かさ上げ工事、手前には慰霊場所がある。山を崩し長大なコンベヤーで土を運ぶ。
24番金剛寺
一関から陸前高田へ向かう、気仙川沿いを国道340号線を下って行くと、津波被害者の住宅のかさ上げ造成のため、山を崩し空中を走るベルトコンベアーで土を運んでいる。
古い地図では金剛寺へは上の橋を渡る方が近いが、その橋は無い。突き当たりを右に曲がり仮橋の気仙大橋を渡り、左に曲がる。工事現場の中である、歩道の整備は成されていない、泥がたまっている所、側溝のふたが無くなっている所がある、そこをダンプが引っきりなしに通る。
左手の山は切り崩されている。しばらく行くと山に幟が並んで金剛寺らしい、周囲は空き地で、何軒か被災したコンクリートの骨組みだけが残っていた。不動堂は高台にあったのでそのままであるが、本堂のあった辺りには、造成工事のために盛土が成されていた。
不動堂へ上がる、一段高い地点に光輪館という休憩所があるが、その建物の裏に「津波到達地点 平成二十三年三月十一日」の標識があった。
扉を開け不動堂の中で読経をする、寺の人に話を聞けるのを期待してきたが、寺の人も避難生活で無住であった。堂の中の朱印を自分で押して納経とした。

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南三陸さんさん商店街の掲示、本物のモアイもある。
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# by henroseikatu | 2014-09-15 08:39 | 東北36不動尊霊場 | Comments(0)

東北三十六不動尊霊場 恐山

東北三十六不動尊霊場 恐山
2014年7月23日(水)
青森の札所終わり恐山を目指す。
青森の不動尊霊場6ヶ寺を参拝して、この先岩手、宮城、福島の霊場を廻ることになる。青森県の札所は青森市街の二ヶ寺で終わりになった。しかし、そのまま岩手に向かわず恐山に行くことにした。
「ねぶた祭り」の準備すすむ青森市街から斧の様な下北半島に向かう国道4号線で野辺地まで行き、そこから下北半島西岸を国道279号線で北上する。店のないほぼ直線の道が続く、歩道のあるところもあるが多くがアスファルトに草が生え、でこぼこの路面で台車が押しずらい。
昨晩は道脇すこし入った木陰の露天にテントを張った。ラジオが入りづらく天気予報はハッキリと聞いていなかった。夜半から雨、しかし夜が明けてから、しばらく雨がやんだにでテントをしまうことができ出発することができた。そのうち雨が降ってきた、小降りだったのでカッパを着ることもなく菅笠だけかぶっていた。その後昼前からは本降りになってきた。

さて夕方になり国道から駅舎が見えたので、休憩することにした。JR大湊線、近川駅である。綺麗なこじんまりした無人駅で、長椅子で横になることもできるが、トイレや水道が無い、ゴミ箱も無い。よくJRの駅のトイレやゴミ捨てを利用するのだが、この沿線では小さいけど整った駅待合室はあるのだがトイレは無い、旅人には苦しい処である。

そこに軽自動車のパトカーに乗ってきた警察官がやってきて、ここに泊まるんですかと聞いてきた。私は少し休憩して、まだ先に行きたいのですが、と言うと、警察官はこの先の駅やバス停のことを教えてくれた。さらに恐山に行くのは荷物を置いてヒッチハイクをした方が良いとのアドバイスを受けた。
やはり、この辺りの駅やバス停で野宿する人は、よくあるそうで、付近の住民は良い人で何とも言わないと言った。しかし同じバス停に三日間泊まって追い出された人、駅舎で煮炊きして通報された人、駅舎に脱糞した人がいた、との事であった。警察官は私の自転車運転免許証を見てから駅から帰って行った。
しばらくして警察官が戻って来た、「おにぎり二つとペットボトルのお茶」を私に差し入れてくれた。「急がないで、ここで泊まりなさい、私に許可なんかできないんだけれども、終電でJRの人が来て『出ていってくれ』と言われたら、素直に出ていって下さい」等と言われた。
ここで煮炊きされても困るので、わざわざおにぎりも差し入れしてくれたのだ。ありがたいことである。


2014年7月25日(水) 霊場恐山に参る。
むつ市街、消防署脇から県道4号線(むつ恐山公園大畑線)が始まる。そこに「南部霊場恐山入口」の表示があり道の左側に頭にえんじの布を被せた「百貳拾四丁」(124丁)の「丁石」がある。ここから恐山まで124丁の距離、約14キロメートルの間、道しるべとして一丁づつ石柱が立っている。
霊場まで124の丁石が、整備され残されている。周囲は草刈りされ、ちょうど今どの丁石にもアジサイの花が咲いていた。日本各地の霊場には文化財として残されている丁石があるが、今ほとんど、その丁石をたよりに歩く人はなく、先人が設置されたまま朽ち果てている。ここでは、一丁づつ整備され更新されている、まさに丁石の基礎コンクリートを打っていた場所もあった。降雪時の管理も道端にあるので自動車による損傷など保護に大変そうであり、立派に整備されている。ただ一つ不満は、丁石に被せてある布のために丁石の数字が読めないことである、疲れた体で歩きながら安易に読めてこそ丁石の役割をはたしていると思う。
ずっと登り道が続く、途中、水場とトイレがあり、その先に「霊場恐山」のゲートのある20丁からは急な下り坂になる。

恐山は山と言っても、周囲を山に囲まれた平地になっている、曹洞宗である恐山菩提寺の境内にある。火山ガス噴出により草木がない岩肌に、小石が積まれ、そこに菩提を弔う風車やお菓子の供え物がされたり、死者の為にてぬぐいや足袋が供養されている。
静かな雰囲気のなか、白砂の浜から眺める湖面と山並みを浄土とも思えてくる。亡き人々を思うには絶好の場所である。

恐山に登る前日の喜捨。
雨に濡れたテント等を堤防の上で干していると中年の男の人が来て、何しているのと不審そうに聞く。私が寺巡りしていて明日恐山に行くと説明した。
その男の人が、しばらくして以下の差し入れを持って来てくれた。即席ラーメン1パック、さば水煮缶、カセットガス2個、飯パック3個、瓶入りリンゴジュウス1リットル、まるのままパイナップル1個、レトルトカレー1個。
何の期待もせずに、おっくうながら対応していたけれど・・・感謝するやら重いやら菩薩はどこにでも現れる。
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# by henroseikatu | 2014-09-15 08:37 | 東北36不動尊霊場 | Comments(0)

今度は東北、東北三十六不動尊霊場

今度は東北、東北三十六不動尊霊場
山形、秋田、青森 2014年6月7日から7月19日

2014年6月7日(土)
この春、3月2日九州88ヶ所霊場を結願し、その足で東北をめざした。4月15日大阪、5月15日東京そして6月3日仙台に着いた。そこから札所の始まりの山形をめざす。

◎「東北三十六不動尊霊場」は山形県を始めとし、秋田、青森、岩手、宮城、福島県と各県6ヶ寺づつ各宗派の不動尊を参拝する霊場である。

6月7日(土) 福島をへて、宮城、仙台から国道48号線で山形に入った。そしてサクランボの実りを観て巡拝を始めた。山形市近郊に三ヶ寺の霊場がある。
1番慈恩寺 駐車場でお餅と冷たいお茶を頂いた、土日の接待だそうだ。駐車場から少し上がる、本像の御開帳があり拝観料800円(通常500円)である、私は財政的に余裕がなかったので残念だが本堂には上がらなかった。
本堂の隣にある小さな祠、不動堂で勤行した。燭台はあったが、香炉はなかった。掲示板に納め札が並べて張られていた。本日は御開帳で多くの人が本堂に参拝していたが、私が勤行している間に不動堂に参拝に来られたのは一人の女性だけだった。
本堂前のテントで「東北三十六不動尊霊場」の納経帳を買い、朱印を押してもらった。納経帳はB6程度の小さなもので本尊名が印刷されているもので2300円、少し高いようにも思う、寺院リストに拝観日が記入できたり氏名欄があるのが他霊場の納経帳にはないところである。

境内を後にして道路を歩いていると、乗用車で来た夫婦に呼び止められ金銭の接待を受ける。駐車場の係員から私が歩いて廻っていることを聞いて、わざわざ後を追ってきてくれたそうだ。
スーパーの托鉢での喜捨がうまくいっていなかったので、とてもありがたく、慈悲かけてくれる人々が、どこにもあることを再認識した。

6月8日(日) 3番光明院 ざあざあ降りではない、カッパの上着は着る、ズボンはそのままでも気にならない程度の雨が降ったり止んだりである。
坂道をだいぶ上った。住職が詳しく仏像の来歴を話してくれた。天台の寺院だが御大師さんも奉られていた。ここは徳川時代天領で、会津とも交流があり、幕府側のため廃仏が激しかったそうで、同じ山の真言寺院の大師像もここに祀られているそうである。

6月9日(月) 4番大樹院 朝方、雨が降りだしたので止むのを待ち、10時近くから歩き出した。国道からたいして離れていない。
三十六童子の高さ50センチ程の像がさつきの間に並んでいる。水子地蔵に飾るような風車が置いてあった、可愛く思い350円出して風車をいただいた。

6月10日(火) 番外 立石寺(りっしゃくじ)地元では「山寺」と呼ばれている。 寺巡りをしていると、地元の人に話すと山寺に行くように勧められる。
天台宗の由緒あるお寺で、多くの堂が山中にある。芭蕉の「閑(しづ)かさや岩にしみ入る蝉の声」が創られたのがこのお寺である。
山門から300円の入山料を払い、岩山に散らばるお堂を奥之院まで1000余段の階段を登る。「立石寺」の名称が入る根本中堂で納経をした。(拝観料のいる奥之院では立石寺と入らないそうで、入山口の外にある根本中堂で納経)
火曜日だったが参拝者があった、バスの団体もあり、門前の店舗もそろい、休日には賑やかになるだろうと思われた。帰り際、駅に行くと「見晴らし台」もあり、山寺境内が見渡せる眺めであった。
朝のうち曇りであったが昼になり太陽が出て陽射しが強い、風が心地良い。

6月13日(金) 次の札所はとび地になっていた2番大日坊金剛院瀧水寺、湯殿山の麓にある。国道112号線を進み月山の麓を通る。この日、この二、三日とは違い強い雨になっていた。月山湖を過ぎると国道は自動車専用道になった。旧国道「六十里越街道」を行く(国道112の標識もある)、と・・・通行止めになっている、月山への分岐を過ぎた所で道はゲートで封鎖されていて、その先で道を掘り返し下水の工事をしていた。
。「冬季閉鎖」の表示も見たが、もう冬ではないので国道は通れるものだと思いこんでいて、「この道は通れますか」と地元の人に聞かなかった。山越えできず、宮城にもどり逆打ちすることにした。

6月19日(木) 新庄に来ている。山形から順打ちで始めたが先に行けないので、宮城に戻り逆打ちしようと思っていた。しかし遠回りだが国道13号で新庄まで行けば山越えができると、地元の人に聞きその道をたどっている。
6月20日 新庄から最上川沿いに国道47号線で日本海側に進む。夕方、通り雨の中で立谷沢川合流地点の橋の下にテントを張った。
この二、三日、昼間は雨が降らないが、夜中に激しい通り雨があった、いずれも軒下にテントを張っていたので濡れることはなかった。
今日もまた明るいうちに、軒下の寝場所を見つけられて幸運である。

6月21日(土) 6番正善院、御婦人の案内で黄金堂に上がる、勤行が終わると、堂内諸仏の説明を受ける。私一人の為だけに、いちいち堂の戸を開け放し、私の勤行を聞き、説明し、また戸締まりするのだ。納経する人は拝観料も割引して100円ぽっきりだけ、賽銭もあげぬ私に。十分うなずけた拝観料であった。
九州88ヶ所を廻ったとき、鹿児島の真言宗のお寺では、明治維新に仏像が打ち捨てられ文化財が残っていないと嘆いていた。ここでは修験道に関わっていた人たちが、この寺に仏像を集めてこられたのではないか。
また近年では、仏像盗難があり、小さな堂の像を防犯の為に、安置しているそうである。
明日は出羽三山神社に参拝するつもりで、もう少し上に登って野宿するつもりだった。御婦人に聞くと「この辺は熊がでるから進められない」と聞き、私は怖くなった。
反対の鶴岡方面に少し行った公園を御婦人に進められた。その公園、傾斜地に何段もの敷地があり、人気のない場所に東屋、近くに水道がある。テント張るのに好適地であった、水浴びをしよう、今日も菩薩に導かれた。

6月22日(日) 番外、出羽三山神社 黄金堂から少し上った所から神社境内に入る。石畳と三カ所の急な上り階段がある、階段の段差が小さいのが良い、2446段あるそうだ。
山頂手前から松尾芭蕉が泊まった南谷に池や東屋があり、小鳥の立ち寄る空間であった。
羽黒山三神合祭殿の茅葺き屋根がボリュームがあり美しい。蜂子神社の御開帳をしていたが500円がおしく拝観しなかった、300円で三山神社の朱印だけ受けた。

奥の細道芭蕉の道 松尾芭蕉出羽三山句
 涼しさやほの三日月の羽黒山
 雲の峰いくつ崩れて月の山
 かたられぬ湯殿にぬらすたもとかな

6月23日(月) 5番龍覚寺、鶴岡駅からガイドブックの地図にある国道が見つからず苦慮した。当該の路上の標識には県道349の表記があり、地図にある交差点の表記は見あたらない。

6月24日(火) 鶴岡から国道112号線で湯殿山へ向かう、赤川に近づいた所で道ばたに「熊出中」の看板があり、野宿できないなと思った。
しかし、地図を見ていると「熊出」という地名があることが分かった。
6月25日(水) 2番大日坊(大日坊金剛院瀧水寺)拝観料500円払い本堂にあがる。不動尊の前で勤行をあげる。その後に、お坊さんが般若心経を上げお加持をしてくれる。その後、寺や仏像の説明を受ける。それまで寺が治めていたが神仏分離のとき、袈裟を脱ぎ神社とし、廃仏をのがれた。空海が日本に帰り最初に建てた寺である。
奥にある、真如海上人の前に移り、説明を受ける。五穀を断ち、長いこと木のみだけを食べる木食をし、最後は断食をし、その後に腐敗を防ぐために、漆を飲むそうである。
土中に入り、経を唱える(体力がなくなっているから声にはならない)、外から弟子が声をかけると、上人は持鈴をならし無事を知らせたそうである。

6月25日(水) 湯殿山麓の大日坊から鶴岡の方に下っていく途中で上ってくるバイクに挨拶した、その人が停まってくれて話をした。鹿児島在住でバイクで日本一周をしているそうである。
今までも旅の人と話をしたが、始めて名刺交換した。

7月2日(水) 7番普傳寺 

8番嶺梅院 山門を入って直ぐ、右側に不動堂があり本堂に向かわず、堂の前で勤行を始めた。座敷に座っての勤行ではなかなか気がはいらない、たまには立ったまま勤行することにした。

9番多聞院 県道沿いに鳥居があったがそこは愛宕神社ではない。信号さきの路地に入ると愛宕神社がある、その裏がお寺である。
「事前に電話連絡を」とあったが、辺りに公衆電話もなく苦慮していたが、私が行ったときは数人の人がいた。

7月4日(金)10番吉祥院 夕方5時少し前に本堂に着いた。声をかけたが反応がない、本堂の扉はわずか5センチ程開いて、左端の童子そして中央に暗い中に不動明王が見えた。そして本堂前に朱印が置いてあり、これで納経はできると、本堂前で勤行を始めた。読経の中途で、「すいませんでした、中に入って下さい」と若い僧侶が声をかけてくれた、早速本堂に入り読経を続けた。
勤行が終わると、お茶を出してくれて話をした。また、ここでは開霊場以来、参拝者にノートに氏名などを書いてもらっているとのこと、最初の来参拝者がノートを置いて下さいといわれ、それ以来三冊になったのこと。

寺の人と話をしたことはあったが、僧侶自ら茶を頂き、話を伺おうという態度で迎えられたのは東北36不動尊霊場はでは始めてではないか。一ヶ月に二、三人の人がお参りするとのこと、この寺では、暇ですからと、常にお茶を入れての対応をしているとのことであった。この副住職、紅顔の良い男である。

7月7日(月) 11番玉蔵寺 これまで見てきた本尊以外諸仏を飾る内陣とは違った。本尊不動尊を中心にシンプルな内陣である。不動尊の両脇に童子、脇壇に御大師さんと興教大師、両壁に曼茶羅が掲げられている。

ガイドブックにそって踏切をわたると、11番との標識があり、住宅地をぬって行く、また山門前を通過すると踏切はないが人が渡れるようになっていて、国道への近道である。

7月7日(月) 国道7号線を北上していると、北から自転車の人が来た、しばし話した。北海道から来て、東京まで行くと言う。アルバイトしながら道の駅で寝たりしているようである。北海道にはバス停でも寝られ、寝ていると差し入れなどがあるという。寺もあるし、と寺で仕事もしているらしい。白衣や巡礼の格好はしていないが、托鉢のようなこともしているらしい。米も切らして腹減っていてなどと言うので、食パンを分けて食べた。
以前、四国遍路していて善根宿で同宿した人は、寺で働かしてもらいながら全国を廻っている、と話していた。北海道でも托鉢しながら廻れそうでもある。

7月10日(木) 12番遍照院 一日雨、夕方大館に入る。カッパを着ていて、足下も濡れていたので、本堂の前で勤行することにした。本堂軒下まで台車を乗り入れ、下はカッパのまま上だけ白衣を着た。普通の檀家寺では置いてないがこの寺では、本堂前での参拝もできるように香炉を置いてあった。勤行の後に納経した。

寺の入り口の掲示板に以下の言葉が書かれてあった。今の私の心境ともあった同感した。人生リタイヤした老後には、こうゆう心構えに皆がなり安らかに次のステージを目指していければ良いと私は思っている。

人生は老いてから妙味一杯

7月12日(土) 13番国上寺 国道から少し上る、民家の間を抜けると寺の境内が広がる。本堂は開け放たれていたので、庫裏に声をかけずに本堂に上がり勤行を始めた。
勤行中に住職が来たので、納経帳を預けた。女性の朱印を押すために住職が来たらしい、4人組の女性で本堂にも上がらず、多分般若心経も唱えていないと思う。

7月13日(日) 14番大圓寺 朝の勤行に参加。 朝5時前に境内に入っていると、5時に住職が来て本堂に入っていったので後に続き、勤行を聞いた。勤行に参加出きると思い理趣経の経本も持っていったが、太鼓を叩いての勤行でお経が聞こえないままであった。5時から納経も済ませた。
朝5時から参拝、納経も受けつけてありがたいです。

7月13日(日) 15番最勝院 ガイドブックの地図を見ながら探したが、道が斜めに交差したりして、さっぱり分からない、この頁には委細図もないし、五重の塔を目印に見当つけて行き当たった。
本堂にガラス戸があり、中が垣間見えたが、本堂には上げてくれないので、本堂の前で勤行した。燭台や香炉が本堂前に設置されている。

7月14日(火) 番外岩木山神社 岩木山を御神体として山頂に奥宮、そして中腹にあるのが岩木山神社である。参道は石敷であるが、でこぼこがあり、歩きづらかった。納経帳に朱印をもらった。

岩木山神社から弘前には戻らず、中腹の道、岩木山環状線をたどり日本海沿岸の鯵ヶ沢に下り次の札所に向かった。

7月16日(水) 16番弘法寺 広域農道、右側に「駒田入口」左側に「弘法寺」の標識がある。この道はジャリ道で、私の台車は走行困難、台車を途中に置き去りにしてお参りした。のんびりこの先の車道を行くべきだったかもしれない。
整備されている境内、ゆっくり時間をすごしたい。ガイドブックには言及されていないが、参道より右にある住居の通路沿いに地蔵堂がある。多くのお地蔵さんが集められ、布で飾られている。20センチにも満たないお地蔵さんも服を着せられ愛されている地蔵菩薩さんが集まっている。

7月19日(土) 17番青森寺 青森市街地にある。声をかけ本堂脇の玄関から上がる、本堂内に来週ある灯籠ながしの灯籠が並んでいた。

境内に以下のような目立つように看板があった。
それ仏法は遙かにあらず、心中にしてすなわち近し。真如、外にあらず、身を棄てて何んか求めん。迷悟、我に在れば、すなわち発心すれば、すなわち到る。明暗他にあらざれば、すなわち信修すれば忽ちに証す。
(右文の訳)
仏の教え(さとりの世界)は、はるかかなたにあるものではない。私たちの心の中にあって、まことに近いものである。真理は、私たちの外部にあるものではないから、この身を捨ててどこにそれを求め得よう。

18番清龍寺 拝観料400円を覚悟していたが、「巡礼ですか」と聞かれ拝観料を免除された、ありがたい。昭和大仏の胎内二階には戦没者供養碑がある、この二階の天井には大仏の足裏が見えて面白い、この青銅像は京都で作られ、ブロックごとに運搬されて、ここで溶接され組立られたそうである。
昭和大仏の前を通り、左側に降りていくと霊場本尊厄除け不動がある、四国88ヶ所霊場の砂踏場もあった。
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# by henroseikatu | 2014-09-15 08:33 | 東北36不動尊霊場 | Comments(0)