九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝161日目 

161日目2014年3月2日(日)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝161日目 
第88番鎮国寺 第108番鎮国寺奥の院 結願

本日、3月2日すべてに参拝し、「九州八十八ヶ所百八霊場」を満願した。

第88番鎮国寺 梅の見頃の日曜日で観光客も多い。本堂に上がる、5、6人の人が読経していたので、端で勤行する。本堂内で納経する、まだ行っていない奥の院の納経も先にすます。(奥の院をお参りしてから本堂に行く方が理想的かもしれない)別途500円を出すと満願の証を発行してくれるとのこと、私は願わなかった。

第108番鎮国寺奥の院 奥の院は鎮国寺境内の大師堂先から長い階段を上がって行く、鍵は掛かっていないが通常は閉められている扉を開けて座敷で勤行する。
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# by henroseikatu | 2014-03-24 08:38 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝156日目から161日目

156日目2014年2月25日から
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝161日目161日目


156日目2014年2月25日(火)第82番千加寺大非王院、最後は上り坂が続く、思ったより時間がかかった。本堂に入るのに拝観料400円必要だし夕方4時までに入場しなければいけない。
私は最後の急坂を急いで、何とか時間間際に到着、受付の脇から建物に入り、廊下階段を上りる。僧侶が待ち受けていて、「ずこう」を手に塗り本堂に入る。
本堂には5、6人の人々が待っておられた、私の到着を待つていたらしい。僧侶が内陣正面の背の高い観音開きの扉を開く、高さ4メートル63センチの「十一面千手千眼面観世音菩薩」があらわれた。黒々とボリームがある観音の顔面が私に向かってくる。
僧侶が大太鼓を鳴らしながら勤行し、その後に本尊などの説明を行った。そのあと、拝観者だけで本堂奥にある、開山堂を巡った。

157日目2014年2月26日(水)第83番誓願寺、

158日目2014年2月27日(木)第84番法蔵院、内陣、左側に霊場開創の祖たる第3世和尚の像がある。その和尚が、「別格20ヶ寺を霊場に加えるように」と望んでいたことで、百八霊場となったそうである。

158日目2014年2月27日(木)第85番観音寺、寺への車道はなく階段を上るしかない、寺から少し上ると愛宕神社があり、町の眺めがよろしい。

159日目2014年2月28日(金)第86番海心寺、毘沙門天の象徴トラの「ぬいぐるみ」に見つめられながら読経した。

160日目2014年3月1日(土)第87番宗像観音寺、本堂に入れない、本堂前に香炉はあるが灯明台はない。(本堂に入れなかったお寺は全札所で4ヶ所)
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# by henroseikatu | 2014-03-24 08:35 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝147日目

147日目2014年2月16日(日)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝147日目 

ポメラ(携帯ワープロ)の調子が悪く入力ができなくなっていた。それでこの間、訪れた霊場の記録が出来なかった。ポメラをいじっていたら別の入り方ができ設定を変えたら入力ができるようになった。
最初は何度か試みると入力できたりしたので寒さのせいでポメラの調子が悪くなったのかと思っていた。このまま調子良く入力できますように。
                合掌
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# by henroseikatu | 2014-03-24 08:32 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝135日目 第65番延命寺から

◎135日目2014年2月4日(火)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝135日目 第65番延命寺

◎141日目2014年2月10日(月)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝141日目 第66番東前寺
本堂は解体中、平成27年10月には新築される予定。
庫裏の仮本堂で勤行する。本尊は薬師如来。
◎142日目2014年2月11日(火)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝142日目 第71番浄漸寺
内陣の上に、鴨居に天女と鳳凰が深さのある透かし彫りであそぶ
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# by henroseikatu | 2014-03-24 08:31 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝135日目 長崎平和公園 平和祈念像

135日目2014年2月4日(火)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝135日目 長崎平和公園 平和祈念像

初めて長崎市街に入った。さっそく平和公園に行った。

●平和祈念像
 この平和祈念像は、史上最大の惨禍によって瞬時に数多くの同胞市民を失い筆舌につくし得ない悲惨苦に当面した、長崎市民が、世界恒久平和の実現を広く世に
この惨禍を再現せしめてはならないという切なる念願により、世界恒久平和のシンボルとして昭和30年(1955年)8月の原爆10周年記念日に建立されたものです。
 平和祈念像は、国内はもとより、海外からも拠出された浄財によって、彫刻界の権威、北村西望氏製作による全長約10mの青銅男神像であり上方を指した右手は原爆の脅威を示し、水平に伸ばした左手は、平らく安らけと平和のすすめる姿であり、頑丈な体躯は絶者の神威を示し、柔和な顔は「神の愛」または「仏の慈悲」を表し、また軽く閉じた目は戦争犠牲者のめい福を祈っている姿であります。
 なお、折り曲げた右足はめい想即ち静、立った左足は救済即ち動、何れも神仏の特性を表現したものであり本像はその規模において、またその思想において、この種の彫刻としては、世界にもその類を見ない雄大な芸術作品であります。
      長崎市

●平和祈念像作者の言葉
あの悪魔のような戦争
 身の毛もよだつ凄絶悲惨
  肉親を人の子を
かえり見るさえ堪えがたい真情
 誰か平和を祈らずにいられよう
滋に全世界平和運動の先駆として
この平和祈念像が誕生した
山のごとき聖哲
それは逞しい男性の健康美
全長三十二尺余
右手は原爆を示し左は平和を
顔は戦争犠牲者の冥福を祈る
 是人類を超越した人間
  時に仏 時に神
長崎、始まって,最大の英雄と情熱
 今や人類最高の希望の象徴
昭和三十年春月
          北村西望
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# by henroseikatu | 2014-03-24 08:29 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝133日目 小浜から唐比へ歩く道

133日目2014年2月2日(日)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝133日目 小浜から唐比へ歩く道

小浜から北上すると国道57号線は山越えしていく。坂を上る前「富津入口」交差点を左に入ると「旧小浜鉄道跡」の県道201号線が海岸沿いに進んでいく。この道は通行車両もすくなく国道を通るよりも良い。
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# by henroseikatu | 2014-03-24 08:27 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝132日目 雲仙大仏 いのりの里

132日目2014年2月1日(土)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝132日目 雲仙大仏 いのりの里

雲仙から国道57号線で小浜へ下る途中に、「いのりの里」という野外に諸仏が鎮座している場所があった。
商売気もない、お寺という感じもしない場所である、眺めが良い。一番の売りは大仏(釈迦如来)さんだろう。

●大仏さまの顔
大仏さまの顔は
かなしみに耐えた顔である
くるしみに耐えた顔である
人の世の様々な批判に
じっと耐えた顔である

そして
ひとことも弁解をしない顔である
そしてまた
どんなにくるしくても
どんなにつらくても
決して弱音を吐かない顔である
絶対にぐちを言わない顔である
そのかわり
やらねばならぬことは
ただ黙ってやっていく、という
固い意思の顔である

一番大事なものは
一番大事ないのちをかけていく
そうゆうキゼンとした顔である
この眼の深さを見るがいい
深い眼の底にある
さらに深い憂いを見るがいい
弁解や言いわけばかりしている人間には
この深い憂いはできない

息子よ
こんな顔で生きてほしい
娘よ
こんな顔の若者と
めぐりあって欲しい
          秀雲
(大仏の作者、秀雲さんの詩)
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:29 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝131日目 第64番龍照寺

131日目2014年1月31日(金)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝131日目 第64番龍照寺

護摩堂では女性が多くの蝋燭を立て、しきりに小声で唱えながらお参りを続けていた。それで私も、いつもの声を出さず、すこし音量を抑えて勤行した。

ちょうど新しい本堂の棟上げで、大工さんが働いていた。
大きな不動明王の両脇にある不動明王の姿が特徴的で好もしく思った。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:27 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝130日目 島原の涅槃像

130日目2014年1月30日(木)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝130日目 島原の涅槃像

島原市内に大きな涅槃像がある。
島原駅近くのアーケードに接して曹洞宗清光山江東寺がある。墓地の間の小高い丘に普賢岳を背後にコンクリート製の涅槃像がある。


●以下、像の側の案内板より

涅槃像(説法涅槃大仏像)
涅槃とは煩悩の火を焼きつくして智慧が完成したさとりの境地を指す言葉であるが、釈尊の入滅を指す言葉としても用いられる。この像は釈尊が悟りを開かれてより四十五年間の説法の旅を終えられ、故郷に近いクシナーラの沙羅双樹の下で入滅(涅槃)に至るまで説法をつづけられた最後の  み姿である。当山二十八世太成弾光和尚・松倉・板倉両公追善のために発願して建立さる。造像奈良県信貴山仏子道場主、福崎日精師、文字通り、精進潔斎全く独立による造像である。
昭和三十二年十二月完成
全長八米余、高さ二米、鉄筋コンクリート造り涅槃像としては日本最大のもので、足裏に仏足石の紋様が刻まれているのも最初である。頭部に信者による写経壱万部を納め、台座は歴代住職の納骨堂となっている。

お涅槃の御足さすりて泣く媼   也空
三千の墓群を統べて大寝釈迦   也空
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:27 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝126日目 第63番蓮厳院 第62番誕生院

126日目2014年1月26日(日)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝126日目 第63番蓮厳院 第62番誕生院

第63番蓮厳院 ご婦人が、本尊は奥ですからと本堂の裏にある収蔵庫に案内された。鍵を開け火災にも耐える扉を開いた。中央の阿弥陀如来座像は国の重要文化財で、以前は国宝であったが文化財保護法成立時に格下げになったそうである。人の背丈位の高さだろうか、金箔がはがれている、かっての、きらびやかさが想像される。僧形の木造は装飾がすべてなくなり、裸の木肌なので木の組み方がわかる、奥之院にいた高僧の姿だとい言われているそうだ。

こんな収蔵品の前でロウソクを立て線香に火をつけて勤行した。
間近に立派な本尊を明るい所で、それも収蔵庫にあるものを拝見でき、ありがたいかぎりである。


第62番誕生院 その才能ゆえか高野山を去られ新義真言宗を開かれた興教大師覚鑁の誕生地である。
本堂には根来寺から来られた本尊、不動明王が中央の座り、かすかな明かりで影がうかびあがり、恐さ奥深さを感じる。その前に同じく根来寺から来た覚鑁の像が佇んでいる。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:26 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝124日目 第70番宝光院

124日目2014年1月24日(金)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝124日目 第70番宝光院

「優性保護法によって堕胎が行われているが、妊娠すれば命が生まれ魂がある。この現状はなげ悲しい、」等と掲示してあった。
それから水子堂の扉を開け、中を覗く。ぬいぐるみや、おもちゃが置かれてあった。
そうしていると、後ろから「本堂はこちらですよ」と声がかかった。後から考えると水子堂は基本女性のための堂なのであろう。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:23 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝123日目 第69番西光密寺

123日目2014年1月23日(木)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝123日目 第69番西光密寺

麓の定林寺で納経をすませ荷物を置いて、歩いて黒髪山へ向かう。登山道は鳥居をくぐり進む、三度車道を横切り、それから車道を進む。道筋に不動寺がある、ここから登坂すると、山伏が彫ったという高さ7メートル石像がある太鼓岩不動尊がある。そのまま車道を進むとまた登山道があり、やがて西光密寺に至る。
往復3時間半かかった。

案内板より「平安初期、唐から帰朝した僧空海によりこの山に仏教が伝えられ、その第一弟子の快護が寺を開いたといいわれる。江戸前期、法印尊覚のとき、京都大覚寺より大智院の称号を贈られ院名とする(正保2年<1645>)寺は寺領三百石の規模をほこり、明治元年(1869)までの末寺は80ヶ所にのぼったといわれる。近代になり、明治二年(1870)それまで神仏混合で一緒であった黒髪神社と分離。同11年火災のため焼失、その後小堂を建てた。同39年佐世保市に移転する。」
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:22 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝122日目 第67番東光寺 第68番無動院

122日目2014年1月22日(水)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝122日目 第67番東光寺 第68番無動院

第67番東光寺 天蓋などが高く上げられ、全面の仏具も階段状に配され、本尊が見えやすく照明も当たっている。





第68番無動院 無動とは不動と同じ意味だそうである。次の札所西光密寺がある、黒髪山が望める。


山門前の石幢六地
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:21 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝121日目 第102番光明寺

121日目2014年1月21日(日)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝121日目 第102番光明寺

勤行が終わり、お茶をどうぞということで、住職が座るテーブルに進んだ。納経料を払おうと小銭入れの中をのぞくと納経料の300円がない。私は慌てて、「外の荷物の中に置いてきた」と言い、本堂から表に出た、靴を履いて何メートルか歩き、ポケットを探るとそこに納経料の300円が入っていた。昨日この寺に行くつもりで別にとっておいた金だ。昨晩のスーパー托鉢の喜捨は一人しかなく食費に消え小銭入れには納経料分は残っていなかった。
直ぐ、本堂に戻り納経料を渡した。そして托鉢をしながら廻っていることを住職に話した。
私が帰り支度をすると、住職はちょっと待ってと奥に引っ込んだ。そしてこれをと言って私にのし袋を渡してくれた。その中に紙幣が入っていた。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:20 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝118日目 第60番成田山龍王院

118日目2014年1月18日(土)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝118日目 第60番成田山龍王院

第60番成田山龍王院 熊本県の第101番成田山大勝寺と同じように祈願寺として寺である。
本堂の中でお祓いしているので、外でしばらく待っていた。大太鼓をリズム良く叩きながら、経を唱えている。さいごに、束ねた紐(御幣ではなく)がついた棒を、申込者の頭の上で左右に振り動かしお祓いが終わった。
本堂にてお祓いをしているので、お祓いと重なると勤行しづらくなる。今回はお祓いと重ならなかったが、本堂で読経していたら私はおじゃま虫になりかねない。

鹿児島あたりでお寺で聞いたのは、真言宗のお寺は大寺院は別にして、檀家の少ない寺院が多く、祈願祈祷の収入が大きいとのことであった。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:19 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝117日目七木地蔵尊地蔵尊

117日目2014年1月17日七木地蔵尊
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝117日目七木地蔵尊地蔵尊

国道沿いから覗いたら、大きな東屋が見えたので寄って見ることにした。
狭い境内に半肉彫りされた地蔵菩薩の本尊を中心に、いくつもの仏像が取り巻いている。地元の人々は、次々に一つ一つの仏像を巡っている。
この地蔵尊は寺とは関係なく地元の人々で守られている。毎月4日・14日・24日には参拝者がたえまなく訪れ賑やかになるそうである。そのお賽銭で駐車場を整備し、東屋も建てたそうである。

今日は平日で4の日ではなかったが地元のご婦人たちや、乗用車で来た男性が来ていた。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:17 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝117日目 愉快になった訳

117日目2014年1月17日(金)愉快になった訳
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝117日目 愉快になった訳

なんか愉快になった。コンビニが100円コーヒーを宣伝していたので、さっそく頂くことにした。いつもなら無駄使いだと躊躇するのだが、そんなこと構わず欲求に素直にコンビニに入った。するとイスとテーブルが置いてあるではないか、そこでポメラを持ち込んで原稿を書くことにした。

今まで上下二車線の県道の、途切れ途切れにしか歩道のない道を、大型トラックが来ると道端で止まったりして歩いてきた。そして新しく覚えようとしているお経を唱えながら歩いてきた。長いこと、たびたび覚えようとしていたお経だ、そのお経、今日は勢いをつけて発声していたら、愉快な気分になってきた。
スーパー見つけて托鉢しようだとか、真っ直ぐ行ったら次の札所に夕方までに着けるとか、今晩はできたら、雪降るかもしれないので軒下に寝たいだとか・・・
そんなこと構わずコンビニに入ると椅子と机があるし、愉快、愉快である。

他にさっき道を歩いていたら、男の人に声をかけられ金剛杖の話をした、私のカバーを外し、ほとんど他人に見せない金剛杖の五輪を見てもらった。
その人も、自転車に金剛杖を乗せていた。観音様の集まりに行くのでもってきた。昔は観音霊場を巡って使っていたが、もう廻ることもないので、杖を切って上だけ飾ろうと思うと話してくれた。その金剛杖は手作りのようで、四国で売っている刻みだけで五輪にしているのではなく、それぞれの形を作っていた。

そうそう5地蔵菩薩でも女の人とはなした。

実は今朝行った札所でも、若い婦人がおかちゃんをだいていて、その赤ちゃんが私を見つめる顔が良かった。

とても愉快な日であった。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:15 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝117日目 第94番大日寺

117日目2014年1月17日(金)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝117日目 第94番大日寺

第94番大日寺 急な階段を上がり、二階に上る。高さ60センチ程か本尊大日如来、お大師さんなど木造の仏像が並んでいて美しい、年々良い艶がでてくるそうである。
座って手を合わし読経する、眼前に石の合掌する地蔵さんがいて、読経していると眼が合う、表情が画一敵でなく可愛い。この地蔵さん、当寺の開祖が四国遍路中、気に入り、遍路道中持参し持ち帰り、抱き仏にしたそうである。

●以下、先代が残した文章●
   嘘から出たまこと
自身を信じる事は他の人に幸せをもたらします。
人生は演じるものでもあり、すべて自分が主人公なんです。
そうであってこそ夢を現実にと、成就出来るのですから、とても険しい道でもやがて美しいものへと変わるでしょう。
人の心は見えないのですが、例えば一本の大きな木をすみ筆で描いてみると、その木はある時は柿の木に見えたり、みかんの木に見えたり、花の木にも見えたり……他にも食べれない人達には色々と想像して楽しむ事ができるのです。これもありがたく美しいものですので色がない事も幸せなのです。
電車の窓から景色が見える時、万民が田畑を耕す風景、早朝の朝霧朝もやそばの花が咲く白い色、ひまわりの開き咲く真昼の太陽等、目で見える心の安らぎがあり、美味しい新鮮な魚等…食はお腹を満たす笑顔なのです。
みみずが百年生きれば蛇になり、蛇も千年修行すれば龍になると言われています。
「毒は毒をもってせいす」のではなく、その毒をも美しく受け入れる器を持っているような人の上に立つ人を見出す事が大切なのです。
くさいものにはふたをせよ、というような弱い心では世の中は偽善者が増えるばかりなのです。苦楽を供にしてこそせいせるのです。
それは仏様の広い心でお大師さまを迎える事なのであり、同行二人といえども同行世の修行大師さまなのです。
南無観世音菩薩…それが緑の早苗が黄色の稲穂に変わるのです。
又、こいのぼりのように空高く泳いでいる事なのです。
人の悪だくみを知って口をつぐんで、心にしまうべきか、申すべきか大変になったら一度は悔い改めるチャンスを与えて許してあげましょう。
情にかられたら他人が犠牲になるからです。
守るものが多ければ失うものも多いのですが、甘い事を言う者よりも苦い言葉が身を守ってくれるものなのです。
自分が主人公になって演じているうちに、いつか本物になれる事が、うそから出たまことであり、毒蛇もよい血清になるでしょう。
それがお大師さまの願いでもあります。
南無大師遍照金剛を唱えましょう。            合掌
金剛山大日寺
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:15 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝116日目 第10番不動寺

116日目2014年1月16日(木)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝116日目 第10番不動寺

昨日同様、晴れ上がり太陽が当たると暖かい日である。私服の住職がゴミを出すところであった。
ガラスケースに入った十小さな木造二面千手観音が飾ってあった。本当に千本程の手がありそうである。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:14 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝115日目 第59番光明寺

115日目2014年1月15日(水)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝115日目 第59番光明寺

筑後広域公園は田圃を整備して芝生に覆われた公園、テントの張れる東屋もある。そんな場所の中にある住宅地の中にあるお寺です。
山門の仁王さまが迫力があり素晴らしい、修復もされており立派なお姿である。
庫裏に声をかけるとご婦人が本堂でまで案内してくれて、そこで納経をして少し話をしてくれた。
正面の厨子は閉ざされていて、正面には木造の閻魔大王が鎮座している。その閻魔さまの後ろに隠れるように前仏らしき仏像がある。左右に高さ50センチ程の閻魔さまの仲間の十王坐像と葬頭河婆(そうずごうばばあ)坐像が並んでいる。
他にいくつか仏像が並んでいるがどれも彩色されている。本堂の天井にも、だいぶ薄れてはいるが彩色された絵が升ごとに描かれいる。また外壁正面、妻にも彩色の後が残されていて、本来は色彩豊かだったことが思われた。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:12 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝115日目 スーパー托鉢

115日目2014年1月15日(水)スパー托鉢
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝115日目 スーパー托鉢

今日はとても良い気持ちで托鉢を終えた、ダメだと思っていたけれど最後にバタバタと喜捨があり、終わりよければ全て良し、となりました。
立てる場所は店員が頻繁にカートを運んでくる、入口のカート置場の脇しかなく、店員に恐縮しながら読経し托鉢をしていた。
午後4時から立ち始めた、人はひっきりなしに通るのだが喜捨してくれる人はなかなか現れない、5時までに3人の人が喜捨してくれた。
それで今日はダメだなあと思い始めた。今日は弁当買えないな、めんどくさいけど、米を水に浸けて時間をおいて炊飯しなければ、と思っていた。
これ以上立っていてもダメだということで、5時半に終了することにして、最後にする勤行を始めた。まだ般若心経に入る前に、五百円の喜捨があった。その後にも喜捨してくれる人が続いた、人通りはそんなに変わらないのだが。結局総計8人の人が喜捨してくれた。
何とか弁当が買えるようになった。それで5時半少し過ぎには托鉢を止めた。一時はダメだと思っていたのに弁当が買えることになって豊かな気持ちになった。
そこで立っていた場所から移動すると、後ろから声をかけられた。お母さんに連れられた二人のお子さんから喜捨を受けた。
そんなことで、ますます軽快な気分になってきた。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:12 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝113日目 第101番成田山大勝寺 第58番金剛寺

113日目2014年1月13日(月)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝113日目 第101番成田山大勝寺 第58番金剛寺

第101番成田山大勝寺 地元の人は車祈願のお寺だと言っていた。付近には大型店舗、風呂やもあり、グリンランドと言う遊園地に隣接している。寺の入り口からは広い駐車場が見渡せ、そこに車の祈願所があり、少し高台に本堂がある。
境内に「落書き板があり」隙間なく書き込まれている、初詣に来た人々、たぶん若い人々が記入したのであろう、書く場所がなく建物にまで落書きされている、ほほえましく寺のサービス精神を感じた。
本堂に入ると、不思議な蝋燭台がある。横に長い平面に百人分(それ以上か)はあるだろう蝋燭をさす釘が並んでいて、巡礼が持ち歩く短い蝋燭が所々に灯されている。しかしオカシイ、表面が光っている、透明、何か張ってある?。そこで指を、おそるおそる当ててみると水が張ってある事が判明。そんなことをしていると僧侶が「大勢こられると危険もあるので」と水を張ってあることを説明してくれた。
団体さんが来ても、それぞれ蝋燭を立てられるように、水槽に蝋燭立ての釘が並んでいるわけである。

私が読経を始めようとすると、強制送風のストーブがバッと点火した。私が勤行を終えると、僧侶が小さな盆に煎餅とお茶を持って来られた。僧侶は別の二つのストーブにもライターで火をつけている。その後、僧侶が納経帳を預かってくれた。私は参拝所の後ろにある、スートーブ側にあるソファーに座ってくつろいだ。
朝9時を過ぎたばかりで人はまだ来ていなかったので、してくれた対応だと思うが大きなお寺でこれほどの対応されるとは、素晴らしいサービス精神であると思った。




第58番金剛寺 この寺では久しぶりにご婦人が話し相手になってくれて、帰るときには私の心は満足していた。
本尊が見られ照明が当たっていることを言うと、「護摩壇の上の飾りを普通より高くしているんですよ」「住職はもっと暗くしろと言っているんです」
文化財とみれば照明は薄暗い方が良なのでしょう。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:11 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝111日目 第57番蓮華院誕生寺 蓮華院奥之院

111日目2014年1月11日(土)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝111日目 第57番蓮華院誕生寺 蓮華院奥之院

新しくつくられた大門は駐車場から太鼓橋を渡る参道にそびえ立ち、山門を守る四天王が彩色され厳しい表情が良い、白鵬や朝青龍をモデルにした像をある。



JR玉名駅に大きな梵鐘のイミテーションが飾られていて、その大きさに驚き、蓮華院誕生寺の奥之院にも行ってきた。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:10 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝98日目 第100番金剛乗寺

109日目2014年1月9日(木)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝98日目 第100番金剛乗寺

山鹿温泉街の中心近くある。本堂の前に行くと、中で女性と住職が話している。声をかけると「お参りしてください」というので本堂に入った。女性が中央に並んでいる椅子に座り、住職が内陣を背にして立ち話しをしている。どうも悩みの相談をしているようである、話は続いている。それに構わず私は、端の方で、灯明線香も灯さず、小さな声で勤行を上げた。私が勤行を終える時には両者とも退室していた。私が本堂を出ていく時に、高齢の夫婦が入れ違いで本堂に入って行った。
私が庫裏で納経を待っている時、出てきた住職と少し話したが、すぐ住職はそそくさと本堂に入って行った。忙しく年初の檀家の挨拶への応対をしている模様であった。
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:08 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝104日目 第55番本蔵院

104日目2014年1月4日(土)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝104日目 第55番本蔵院
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:07 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝102日目

102日目2014年1月2日(木)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝102日目 第56番金剛寺
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# by henroseikatu | 2014-02-05 10:05 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝92日目 湯前まんが美術館

92日目2013年12月23日(月)湯前まんが美術館
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝92日目 湯前まんが美術館

漫画か!と思いながら、美術館の前を通ったら、歩道沿いに「一コマ漫画」が展示されていて面白そうだったので入場することにした。
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この美術館は「湯前まんが美術館 那須良輔記念館」で那須良輔の政治漫画、似顔絵の常設展と「那須良輔風刺漫画大賞」の作品展を行っていた。
那須良輔さんは昭和7年洋画家になるため上京、学費稼ぎのために漫画を描きだすと途端に売れっ子になる。召集され軍隊でポスター等の絵を描いていた。戦後新聞社の嘱託として政治漫画を描きだす。
昭和9年「のんきな殿様」でデビュー、以来数多くの作品を発表。すぐれたデッサンと鋭い観察力で特徴たっぷりに描きながら、それぞれの時代の政治家や社会事象を風刺しました。

街頭展示大賞作品
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第21回(平成24年)那須良輔風刺漫画大賞

「合同低空飛行訓練」 中尾忠明(愛知県)
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# by henroseikatu | 2014-01-04 01:43 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場 隠れ念仏

九州八十八ヶ所百八霊場 隠れ念仏
鹿児島では隠れ念仏の顕彰碑をいくつか見た。そして熊本でも法難の地として顕彰している。

●かくれ念仏伝承地
江戸時代、薩摩藩は一向宗(いっこうしゅう・真宗・浄土真宗)を禁止していました。にも関わらず信仰を捨てず、隠れて「南無阿弥陀仏」の念仏を唱え、信仰を続けていました。
【鹿児島県南九州市】

●永田正源法難の地
正源は江戸時代、一向宗禁制の中、細布講(ほそぶこう)をひそかに続け、信仰を守り抜こうとした人物です。
しかし役人の知るところになり、ついに捕えられてしまいます。正源は仲間に法難が及ぶことを恐れ、逃げ出し松林で自殺しました。
【鹿児島県南九州市】

●山田村の傳助殉教地
 室町から江戸時代まで、一向宗(浄土真宗)は禁制であった。禁じたのは、人吉城主相良晴広で、天文二十四年二月七日「晴広様被仰定候条々」の中で
  一向宗之事、いよゝ法度たるへき候
と見えるのが最初である。その後、江戸時代を経て、明治六年(一八七三)秋の開教まで禁制は続いた。
 そのような中で、山田村の傳助は祖父の代より熱心な信者で、仏飯講を開き、懇志金を集め、本山へ上納することが多かった。
 寛政八年(一七九六)傳助は禁制を破った罪で、六月一九日獄門に処された。明治三十六年(一九〇二)仏飯講百五十年のおり、合戦峰に傳助供養碑を建て、獄門のあと抜き取った歯一本を埋葬したという。
 傳助の墓は、山江村大字山田字又ヶ野の下村喜一氏の墓地内にある。
         山江村教育委員会
山江村指定史跡
相良三十三観音十二番札所
合戦峰観音堂        
     【熊本県相良村】
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# by henroseikatu | 2014-01-03 23:18 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場 南九州の田の神

九州八十八ヶ所百八霊場 南九州の田の神

鹿児島さつま町から宮崎えびの市にかけ国道沿いに「田の神」を見るようになった。それまでは気にかからなったけど、えびの市で「田の神」を熱心に紹介していた。

さつま町
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●『田の神さあ 田の神さあは、稲の豊作を願って祭られた南九州独特の石仏です。昔から「たのかんさあ」と呼ばれ、人々に親しまれてきました。18世紀初めから作られ、その数は、今残っているものだけで、1,500個以上といわれています。しゃもじとお碗を持っているのが農民型の特徴で大きさは30-40センチ、その表情はさまざまです。
田の神さあは、今でも、田や畦の近くに置かれ、収穫の秋には、村人たちによって顔にお化粧され豊作感謝の宴が開かれます。

民族学の上からも南九州貴重な文化財となっています。本県ではえびの市を中心に西・北諸県地方に広く設置され祭られています。』
菱刈町
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●素朴で表情豊かな田の神さあ巡りをしてみませんか。
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田の神は、五穀豊穣を祈ってその多くが石で造られ広い田んぼを見渡す場所に鎮座します。えびの市では「田の神さあ」と呼ばれ、市内には、農民型、神官型、地蔵型、自然石など約150体にも及びます。
旧薩摩藩独自の石像として18世紀っ初めに始まるもので、貴重な文化財であり、観光資源でもあります。田の神は、冬は山の神となり、春に里へ下り田の神となって田んぼを守り、豊作を約束する神として信仰されてきています。田の神さあのもつ魅力は、その表情豊かさにもあります。素朴なほほえみをたたえた田の神さあ巡りをしてみませんか。

えびの市・えびの市観光協会
えびの市
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# by henroseikatu | 2014-01-03 23:18 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝

九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝98日目 第54番医王寺

98日目2013年12月29日(日)
九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝98日目 第54番医王寺
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第54番医王寺 住職が使う大きな打ち鐘が眼の前にあったので、重い打ち棒を両手でもって二打した。とても低い音で、そのうねりは強く響いた。その後の経や真言の間の打ち鐘は、小さな打ち鐘を叩いた。
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小さめの仏像が幾つもある。みんな黒光りしている。いずれも仏像名が明記してあるので嬉しい。
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# by henroseikatu | 2014-01-03 23:17 | 九州八十八ヶ所百八霊場徒歩巡拝