60代男ふたり発心遍路
2011年4月19日から26日まで8日間、四国八十八ヶ所一番から二十三番まで阿波一国参り。 私一人だと、行き当たりバッタリ、気ままにヨリミチ、どこでもテント張って、計画などない。だけれど、今回は、初めて遍路する人の案内しながらなので、距離時間を計ったり、歩くのをせかしたりした。寝る場所も気ままには行かず、前もって計画を立てなければならなかった。 そんなことがあり、善根宿を多用した。元々、私は善根宿に泊まるより野宿で遍路してきたので、今回始めて泊まった善根宿も多かった。 ●一日目 4月19日 大阪から朝7時30分発の高速バスにのり、鳴門西のバス停で四国に来た。 始めて遍路をする大阪から同行したT氏が行くというので、バス停から「道の駅第九の里」の「賀川豊彦記念館」を見学した。それから第一次大戦のドイツ人捕虜収容跡の公園を通り遍路道に出る。そこから遍路道を逆行して1番霊山寺に行く。 T氏は大阪で輪袈裟、金剛杖、数珠、経本、納札、白衣をそろえていた。大阪の仏具店で相談しながらそろえている。その店で1番に行くと値段が高いですから言われたそうだ。 霊山寺の本堂の前で、私の蝋燭、線香をT氏にも使ってもらった。本堂内の椅子に座りながら私の先導でお経を唱えた。 本堂を出たところで、接待を受ける。幅10cm程の巾着袋を諸々の生地で手作りしている。中にはチッシュ、タオルハンカチ、あめ玉が入っていた。500組作って配っているとのこと、でも団体さんが来るとすぐなくなってしまう、と言っていた。 バスは9時35分に鳴門西に着いていたけれど、寄り道していて1番の参拝が終わると昼過ぎていた。それで1番のバス停で弁当を食べた。 3番金泉寺を出たとこで、呼び止められ、家の中に招き入れられ(元は食堂だったそうだ)、荷物を下ろして椅子に座るように進められた。そして紐で編まれたトンボのアクセサリーを頂く。作られている人は警察官を退職した方でトンボ他に、著名人の誕生日死亡日、記載の表を頂いた。この表に赤字で家族の日付を記入しなさいとのこと。 私も続けて接待うけることはないのに、こんな目に遭い遍路始めてのT氏は感激していた。 五百羅漢を見て、5番地蔵寺をお参りすると5時近くになっていた。そのまま溝渕工務店に向かう。5番から県道12号線を600m程西に進みで左側に溝渕工務店がある。遍路道はもう一つ山沿いの小道だ。前に遍路道から、ここを気にして歩いたことがあっが、遍路道からは見ることが出来ない。 溝渕工務店はトイレが道路に面して自由に使える様にあった。畑があり、倉庫の前に小屋があった。 その日、私たち二人と、もう一人男の人が泊まった。テーブルをソファーの上にのせ。畳に二人、長ソファーに一人寝た。寝れるのは3人がよいところだ。地蔵寺近くの県道にはコンビニがある。壁には1kmほど行くと風呂屋があるように書いてあった。水道は小屋の中にあるがガスはない、ポットにお湯が沸かしてあって、インスタントコーヒーが飲めるようにしてあった。ゴミは畑の穴の中に捨てる様にと書いてあった。火気厳禁とのことで、私は便所のそばのテーブルで飯を炊いた。 何気なく置いてある缶に、300円の維持管理費を入れた。その日は管理人は現れなかった。 ◎1番から5番参拝 歩行距離12km 善根宿溝渕工務店宿泊 ●二日目 4月20日 そのまま県道沿いに歩く、空は晴れていたが風が吹いていた。6番安楽寺から参り、9番法輪寺の休憩所で弁当を食べた。門前の草餅二つ200円を買い二人で一つずつ食べた。こんな何もないところで、高い草餅かと思っていたが、まずまずの旨さと価格であった。 10番切幡寺の門前のうどん屋に荷物を預け、お参りをする。お参り終わり、うどん屋でヤクルトを買い、置かしてもらったお礼をのべた。 連れのT氏は遍路は初めてで、大阪で白衣や金剛杖はそろえて来たのだが、ここまで歩いてきて、やはり菅笠が無いと様にならないと、ここで菅笠を買った。(後々のことになるけれど、売っている笠の顎ひもは、とても貧弱である。そこで途中で百円ショップで90cmの白い靴紐を買った。一本の紐を二つに切り、頭に乗る台座の左右に耳が被るようにU字に紐の端を結ぶ、残った長い紐を顎紐として使った。) このへんで唯一商店街のある八幡で食料品を買う。吉野川の中州、広大な畑を通り、川島橋を渡る。堤防の上を川下に観覧車を目指して進む。やがて吉野川遊園地が見え、堤防沿いに江川湧水と休憩所がある。 トイレ、水道がある。障害者トイレは広いが中に手洗いがない。外に手洗いの他に、足洗い?の水道もあり洗濯ができる。 湧水の水は地元の人に聞くと、美味しい、飲めないと評価は二分する。かっては水量が豊富だったらしい。去年話した人は、料理には湧水を使い水道は使わないと言っていた。 ここの休憩所は地元の人の集まり場でもあり、朝夕散歩の人やトイレを使う人がある。 地元の人で、車を使って100回遍路したという社長や、健康食品のセールスマンの話の聞き役を遍路である私達がした。 寝る場所は三人ほど寝れる板張りと、向にはテーブルを囲む長椅子がある。いずれも座った肩ぐらいまで風よけがある。周囲にテントもはれそうだ。 前の晩はご飯を炊いて、レトルトのカレーをかけて食事にした。今日は健康志向のT氏に誘われ野菜を買っている。インスタント味噌汁に春キャベツをいれ、小振りな確か60円の大根を短冊に切りサラダとした。それに鯖の缶詰をおかずとした。 ◎6番から10番参拝 歩行距離23.9km 江川湧水休憩所野宿 ●三日目 4月21日 湧水をたどりながら遊園地沿い坂を上る、突き当たると藤井寺への道しるべある。 今回はそこを逆に左に曲がり湧水沿いに進む、吉野川遊園地入口を過ぎて湧水の左岸を進む、やがて湧水を離れ住宅地を通過、また湧水が現れれば今度は右岸沿いの道を進む。このあたり、去年来た時は流れがあり清らかだったのだが、今は流れはなかった。 やがて阿波中央橋を通る遍路道に突き当たる。江川・鴨島公園という親水公園になっている。 8時過ぎに11番藤井寺から山道に入った。大きなザックを背負って、登り坂は息きらして、T氏を引っ張るように私が前を行った。 途中休んでいると、団体の遍路さんが後ろから来た。我々は先に出発した。年齢が高い人もいて30人はいて山道は大丈夫かなと団体さんの心配をしていた。ところが、我々がヒーヒー言って休んでいると、団体さんに追いつかれた。お互い休んでいると追いつかれることが何度かあつた。団体さんの休む場所は困るようだ、登山道の山側に身を寄せて一列になったまま休憩をしていた。先達さんが先頭を行くのだけれど列が長くなり大変そうである。 柳水庵には団体さんが先に着いていて、庵の下にある小屋そばで団体さんと共に私たちも昼食にした。そこで昼寝をとっていると団体さんは先に出発していた。 やがて12番焼山寺に着く、そこから、すだち館に宿泊の電話をする。のんびりと下って行く。我々がすだち館に到着したのが6時頃であった。我々が着くのを待って食事にしてくれた。のんびりしないで着きそうな時間を知らせておけば良かったと思った。 かつおのたたきの他、小魚、山菜の料理が並んだ。 その日すだち館には、女一人、男三人が泊まった。二部屋ある六畳間に男達が泊まり、女性は別棟に泊まる。 食事のあと我々はご主人に送ってもらい温泉に入りにいった。 宿泊料金は4月から上がり4千円になっている。 ◎11番12番参拝 歩行距離18.5km すだち館宿泊 ●四日目 4月22日 予報どうり雨が降るなか、玉ヶ峠を越して鮎喰川左岸の車道を下る。途中、T氏がポシャットを大事に押し入れの中に隠したまま置いてきたことに気がついた。急遽、宿に連絡し、後ほど私達の所に届けて貰うことにして、我々はそのまま遍路を続けた。やがて雨は上がった。13番大日寺の手前ですだち館のご夫婦が自動車で来てくれて忘れ物を届けてくれた。 16番観音寺には5時を過ぎに着き、拝観は明日にすることにした。それから国道に出て、スーパーで買い物、国道を東に行き、善根宿栄タクシーに着いた。 その日、私たちの後にも一人来て、男ばかり5人泊まることになった。 ちょっと歩くとスパーや牛丼屋があり、隣にはコンビニがある。シャワーが浴びれる。一階で持参のコンロで自炊ができる。二回の寝室にはポットのお湯が入っており、インスタントコーヒーが置いてある。二回のベランダで洗濯が出来る。もちろん布団は山のように積んである。 我々はそこで、味噌汁をつくって食事した。 ◎13番から15番参拝 歩行距離23.2km 善根宿栄タクシー宿泊 ●五日目 4月23日 16番観音寺を参拝。次に17番井戸寺に行く、ここでは団体さんが何組も来ていた。そして柱が立てられ祭礼の準備がなされていた。聞いてみると今日は旧暦の3月21日で正御影供だという、お大師さんの入定した日に当たっていたのだ。 井戸寺を出て、右側に眉山のある山塊を見ながら徳島の市街地を歩く。 この辺で曲がらなければと地図を見ながら歩いていると、前方から来た自転車の男の人が道案内をしてくれて、御接待ですと暖かい缶コーヒーを渡してくれた。雨がチョボチョボと降っていて、とても有り難い接待でした。 雨がかなり降ってきた。阿波踊り会館目の前の遍路小屋で飯を炊き昼食を食べた。 午後からは雨は上がってきた、それから55線を進み小松島市へ入る。警察署を過ぎ、弘法大師御杖の水に入ろうとすると、そばのマンマローサという洋菓子屋から接待にお菓子を幾つか頂く。うまいお菓子だ105円の菓子とは違う。 それから18番は近いけれども、あわてて納経することもないし、今日の納経はあきらめて八幡神社で野宿することにした。 小松島署のちょっと先、右側に小高い山があり、よく見ると白い幟がはためいている。そしてそこには騎馬像も建立されている。 そこは八幡神社で旗山とも呼ばれ、かって源義経が陣をはった所だそうだ、ここから屋久島へ出陣したらしい。そこがトイレや水のある休憩所にもなっている。 その日、山の上にある八幡神社の軒下にテントを張って寝た。 ◎16番17番参拝 歩行距離18km 義経騎馬像、八幡神社軒下テント泊 ●六日目 4月24日 18番恩山寺を参拝、駐車場を下り、牛舎の間を進み遍路道に入る、このわき道への道標が全くないのは、初めての人には分かりずらい。すぐ竹藪に入ると道標がある。19番立江寺を参り、その先に進み櫛渕小をすぎ、少し進むと左の筋にうどん屋がある。遍路道から外れて早めの食事にする。300円のかけうどんと見栄えからして美味しそうな250円のちらし寿司を頼んだ。食事が終わるとコーヒーが接待ですと出された。外まで見送られこのまま真っ直ぐに行けば遍路に戻れますと教えていただいた。 鶴林寺と太龍寺の車道分かれ道を右にとり、勝浦川に出る。そこにローソンがあった。2kg持ってきていた米がなくなったので、少しも期待せずにローソンをのぞいてみると1kg入りの米が売っていた。割高だけれど、軽いのが良いラッキー。その先の食料品店でキャベツ、タマネギ一個、塩鮭切身二切れ300円を買った。 山をヒーヒー言いながら登り20番鶴林寺を参拝し下山、休校している大井小学校で泊まることにした。 テントを張り、炊事していると、地元の人が来て話をした。話の中で「火気厳禁だけど注意して使って下さいと話してくれた」 後から小学校にきた人は玄関の前使えますかと聞いてきた。今日は選挙で使っていると思ったらしい。選挙ではこの小学校は使っていない、人が少ないので公民館で間合うのではないか。 この人のテントを見て、去年、古岩屋荘前の休憩所で一度会った人だと分かった。 そのことを話すと後で彼の方からコーヒーを持ってきて、色々と話になった。 その人は一年に一回、歩き遍路する。それも40日ばかりで、普段も歩いている。富士山の麓を昼夜にかけて歩いたり、琵琶湖の周りを歩いたりしている。地下足袋、それもクッションの付いていない足袋を履いている。さすがに舗装の上は苦手だが、山道は石ころが指圧のように気持ちよいと言っていた。 自作したテントは底の付いていないツエルトに別のテントのポールを使い、ブルーシートで工作した底を使っている。ツエルトを自立式にしてしまったすぐれもんだ。 普段から足を鍛錬していることが第一であると感じる。 ◎18番から20番参拝 歩行距離21.1km 大井小学校テント泊 ●七日目 4月25日 21番太龍寺に参る、大師堂は堂の裏に大師鎮座する祠があるので、蝋燭線香を上げてから、回廊を周り裏で経をあげる。その後、舎心ヶ嶽まで登り大師座像の前面に回った。そこから海が見える。T氏がそこで座禅したので、私は経を唱えた。 太龍寺の下りは急な長い車道が続く。なるべくゆっくりと、心がけても早足になってしまう。 やがて車道を離れ、歌さんの遍路小屋をすぎると山道に入る。まあ、あっけなく大根峠を越える。里道にはいる。田植えが終わっている所が多い。植えられたばかりの早苗はショボンとして勢いがない、水の中に没しているものもある。 納経の時間が迫ることもあり、先を急ぐ。 前方のあぜ道を少女が、こちらに背を向けて、横走りしている。我々と近づくき、「こんにちわ」と言い合う。小学生の少女はカードを出して「がんばって下さい」と言った。カードには(お守り さいごまでがんばって下さい。おうえんしています。)と書いてあった。 T氏と、これが一番うれしい接待ですね、と言い合った。小学生の本当に心のこもった接待になっている。 22番平等寺を5時前に参拝し終わり、遍路道を進んだ。しばらく家屋続く町を進む。キクヤ金物店に行くと、何時も会う社長ではなく、おばあさんがいて。明日の朝、草抜きをする約束をした。 金物店へ行く交差点の駐車場の脇にある旅荘キクヤには、すでに三人の男の人が来ていた。彼らはそれぞれ、一時間ほどの労働奉仕していた。私達が店にいたとき一人が店内の掃き掃除をしていた。 後でもう一人男の人が泊まりに来た。 キクヤにはガスはなく、電気ポットもない、持参のガスコンロなどでお湯を沸かすことはできた。水道は使える。 洗濯機は自動で水が注入できない。多分直す人がいないのだ、苦情をキクヤにも言えずキクヤさんもそんなことを知らないのではないか。百円で5分間使えるシャワーがあるが、排水が悪く不潔である。工具、道具がないので掃除、直す事ができない。 ◎21番22番参拝 歩行距離16.3km 善根宿旅荘キクヤ宿泊 ●八日目 4月26日 朝起き、それぞれが旅立った。私達は昨日言われていた草刈をした。昨晩、最後に来た人は奉仕を指示されていなかったので部屋の掃除を自主的にしていた。 遍路道をたどる。月夜御水庵から少し上りがある。山間から抜け出すと、遍路道は左に曲がり、上方にある遍路道はここから国道55線に出て釘打トンネルを通る。 私達はここで、右に曲がり、福井ダムのダム堰堤の上を通った。遠回りだが釘打ちトンネルの出口まで迂回できる。ダム下の公園と堰堤上に便所がある。水は井戸水らしく「この水は飲めません」となっている。その後、国道沿いを歩いた。 (トンネルの出口からダム湖にかかる橋を渡ると弥谷観音に行ける。弥谷観音は沢水が豊富で東屋、便所がある。ほとんど車も通らず、そのまま、のんびり進むと55線に出る。) ここから23番薬王寺のある日和佐へ、海沿いの道と、山沿いの国道がある。今回私達は国道を行くのだけど、分岐か海沿い方向に少し行ったところに食料品店があり、そこで買い物をして昼食にした。 その後また国道に戻る。55線が日和佐道路と合流する直前に橋本さんのバスが泊まっている。ここも善根宿なのだけど、薬王寺まで2km弱なので先に行くことにした。 この橋本さんのバスから携帯で連絡すれば夕食の御接待が受けられる。(日和佐駅前のはしもとドライブインに行って申し出ても泊まれる) でも食事は魅力的だけど、トイレが近くにないのが残念、JRの駅が近くだけど小便はそこらへんでしたくなるだろう。ちなみに、明くる日判明したのだけれど、その晩泊まったのは男性一人だけで、悠々と寝れたそうです。 23番薬王寺を参拝した。それから道の駅に荷物を置いて、JR日和佐駅、東側のスーパーで買い物をして晩飯とした。その後、道の駅前の温泉に(500円)入り、その晩は道の駅で野宿した。 一緒に遍路しているT氏は、もともと4月いっぱいの予定で、遍路を始めた。室戸岬まで行きたいとも思っていたようだが、新しく仕事の予定も入り、23番薬王寺まで詣れば阿波一国打ちになり、ここからなら交通の便も良いので、次回の遍路を続けるのも都合がよい。そんなことでT氏は大阪に帰ることになった。 ◎23番参拝 歩行距離19.2km 日和佐、道の駅野宿 1番から23番、阿波一国打ち八日間、総歩行距離152,2km(一日走行距離平均約19km) ●4月27日 朝、二人で大浜海岸に海を見に行った。その後、私は散策しながら、途中、法印堂によって道の駅に帰った。 T氏は先にJRで徳島まで行きバスで大阪に帰った。 その後、私はしばらく道の駅に佇んでいた。そうすると、ここまで後先になり、何度も再会していた人二人にまた再会した。 一人は、東北の男の人でサンダルで歩いていた、遍路は始めてのSさんです。(震災を受けて慰霊のために遍路しているのではないとのこと)始め会ったのは、栄タクシーでした。前日に泊まっていたが、雨もようだったので社長に頼みこんで、連泊させてもらっていた。ちびちび酒を飲んでいた。なかなかこだわりのない人で、先を急ぐことはなく、私的には好感をもった。荷物はテント、寝袋、衣類と予備の靴と、荷物はとても少ない。私はSさんに野宿や善根宿の情報を教え、何回か同宿になった。 その日、Sさんは雨の予報もあり、今日は動かない、物産館に荷物預けて、地元の人に聞いた図書館で暇をつぶし、今晩は道の駅で寝ると言っていた。 もう一人のEさんは、最初5番さきの善根宿溝口工務店で同宿した。白衣は着ていなくて、菅笠と輪袈裟をしていて簡素な錫杖を持っていた。足が遅いと言い、だいぶ足を引きずっていた。外見も世間話をしていても普通の人だと思っていた。札所での参拝では長いこと経を唱えていた。何回か再会し話を聞いていると、どうも僧侶であるらしい。ちょっとの会話では、足が遅いということしか話さない。その宗教的知識をひけらかすことはしない。善根宿のありかたにも疑問を語っていた。遍路の変わり様を語り、やはり歩かなければいけないな、と話していた。
by henroseikatu
| 2011-05-05 12:32
| 四国遍路11年
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