旧海南町の遍路道について

旧海南町の遍路道について
●徳島県海部郡海陽町、旧海南町の遍路道について
遍路道を順打ちしていると、鯖大師のあと浅川で道が二つに分かれる。
山側の国道55号線と浅川港をとおる海側の遍路道である。
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現在(2011年8月)分かれ道の三叉路とその周辺に宮崎道標(へんろみち保存協力会の設置した道標)はなくなっている。あるのは写真の道標だけである。
海側の遍路道で三叉路から漁港に行くまでに、弥勒石佛がある。
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天保5年(1834)に造立されたもので、弘法大師の遺言にそい、その再来を願い建立されたものである。当時は金色の後背を持ち、遠方より参拝がたえなかったと言う。
また、その先の漁港前にある三叉路には、
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このような道標があり、このまま漁港沿いに進む遍路道から、右に曲がり浅川駅方面に向かわせ国道に誘導する道標がある。
ここを漁港沿いにわずかに進むと、「海陽町として、永久に風化させてはならないものの一つ(碑文より)」と言われる「ヨハネス・クヌッセンの碑」がある。
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この碑は昭和32年(1957)紀伊水道で火災を起こした浅川の船舶の船員を救助しようとして殉職死したデンマーク貨物船の機関長の碑である。
さらに海沿いの遍路を進むと、少し寄り道になるが「日本の白砂松原100選」に選ばれ徳島一の大里松原がある。
旧海南町通過のおりは、国道沿いだけではなく、海側の道もお通りください。
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by henroseikatu | 2011-09-09 08:36 | Comments(0)
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